You remind me of one's heart ③


 紫穂はスカートのゴムをさげ、ブラウスをめくり、

胴体どうたいの横腹や背中を見せてくれた。それから、肩や腕にかけても。


 身体中、あざだらけだった。れあがって、黒っぽい紫色に変色へんしょくしている箇所かしょもある。


 ぼくは震える手でそこにそっとふれた。「……痛くないの?」


 紫穂はフフンと鼻で笑った。

「まあ、痛いけど、れちゃった! こんなの日常茶飯事にちじょうさはんじなんだもん! いつまでも痛がっててもしょうがないし──わたしが泣くと、お父さん喜ぶのよ! あんのクソジジ~!


 ──喜ばせるのがシャクにさわるから、わたし、ぜったいに泣かないの! そしたらね、殴る蹴るがどんどんエスカレートしていくの! お父さんは、わたしを泣かせたくてしょうがないのね! 痛めつけた相手の涙を見るのが好きなんでしょうよ! 


でもわたしは泣かない。そしたらね、フフッ……! お父さんついにわたしを殺そうとしたのよ! 思いっきりげんこつをして、頭をかち割ろうとしたの! さすがにその時は、わたしもヤバイって思った。


だって頭にすさまじい衝撃しょうげきを感じても、痛くなかったんだもの。

……痛みが無いだなんて、逆に怖かった。頭が……脳の半分が破壊されたような衝撃だったのに……。


 目に見える世界が一瞬、真っ白くなった──意識が飛びかけたのかな?


 ……でもお父さんは、墓穴ぼけつったわね。

常日頃つねひごろからわたしを痛めつけていたから、それがあだになっちゃったのよ。


どうやらわたしの体は、衝撃にたえられるように出来上がっていたらしいわ。──わたしは、死ななかった。

 笑っちゃうでしょ。ざまーみろよ!


 で、台詞ぜりふに『なかなか死なねぇーもんだなっ! このクソガキ!』って云ったの! わたし、ちょっとした優越感ゆうえつかんと勝利の気分を味わっちゃったわ。


そしたらお母さんがやっと『殺さないでー! これ以上やったら死んじゃう!』って、泣いて止めに入って……。(なによ、いまさら──って思ったけどね。止めに入るのが遅いのよ、いつも)


 お父さんはお母さんの涙を見て気をよくしたのね。その日の半殺しはそれで切り上げられた。


 で、わたしは思ったの。この調子でどんどん成長していこうって。


 学校ではケンカの名のもとに──ケンカっていう名前の影に隠れて──人間の殺しかたを勉強しているのよ、わたし。

人間の殺しかたなんて、学校の授業では教えてくれないでしょう? でも学校に行けばケンカ相手がいる──人をいじめるのが生き甲斐がいになっている、力でもの云うような悪ガキたちよ。


そのケンカ相手には申し訳ないけど、そいつらには、わたしの実験台になってもらっているの。


 ありがたいことに、わたしは日々の半殺しで、どこをどうやればそれが相手の急所きゅうしょになって、とどめになってしまうのかがわかっているし。

そこをさけて、なるべく甚振いたぶるようにいためつけてる。


 テレビでやってる殺人事件のドラマも、ちゃんと勉強材料にしてる。あれって、人を殺すための教科書よ。──まあ、ああいうドラマをお手本にしようなんて考えているのはわたしくらいなもんなんでしょうけど、でも実際、すごく勉強になる」


「きみは、お父さんを殺すつもりなの?」

 ぼくはズバリ訊いた。

 紫穂の話していることが、聞くにたえられなかったのもある。


 紫穂は悲しげに笑ってぼくと目を合わすと、庭の木々へ視線をなげた。


「うん。殺す」紫穂は断言した。「──でも、わたしはまだ子供だから負けてしまう。だから、まずは順調に成長をして、人を殺す知識と力をたくわえるの。大きくなったら、その時に──殺す」


 ぼくは、紫穂の遠くをすがめ見る目を見つめるだけしかできなかった。


 ぼくは、どうしたらいい? ぼくはきみのために、なにかできる事はないのか?


「どうしても、殺さなきゃならないの?」ぼくはすがる想いで訊いた。でもきみは自嘲じちょうに笑うばかりでつぶやいた。


「殺されるのをジッとおとなしく待っているバカがいる? ──られる前に、るのよ。

 わたしはせっかく産まれてきたのに、それなのに、むざむざ殺されるだけの人生だったなんて! そんなの受け入れられないっ! そんな人生のおわりかただなんて許せないっ!──相討あいうちでもいい。わたしはやるわよ──!」


「ぼくは自分が死ぬのを、おとなしく待っているよ」ぼくはせつに云った。


するときみは顔をしかめさせ、ぼくの体をなめるように見た。「その心臓、手術でどうにかならないの?」


「なるみたいなんだけど……」ぼくは云いわけを探したけど、紫穂に云いわけを云うのはやめた。この子には、ありのままの自分を見せたい。


「ぼく、手術をするのが怖いんだ。母さんも父さんも手術をすすめてくるけど──でもだって、もし、手術が失敗したら……ぼくは死んでしまうんだよ? わざわざ痛い思いをして死にたくないよ」


「あんたバカァ?」紫穂があきれかえった声をあげた。「手術をするのは、そりゃ怖いかもしれないけど、でも手術をすれば、生きられるんでしょ? 手術しなければ、死ぬのをただ待つばかりなんでしょう? だったら! 手術しなさいよっ!


 命を懸けた一か八かの大勝負になるけど、その価値はあるはずよ! あんた、生きなさいよ! わたしのかわりにいっぱい生きて、いっぱい幸せになりなさいよ! 自分ができる悪あがきもなにもしないで死ぬのを待つだけだなんて、馬鹿げてる! あんた、最期まで戦いなさいよ! 意気地なしっ!」



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