You remind me of one's heart ②


「女の子!」紫穂は突然、声を高くして云った。「わたしが女の子? ──やだ、よしてよっ! わたしが、女の子だって!

アハハーッ! わたしを女の子あつかいしたのって、あなたが始めてっ! アッハハハー! ホンット、おっかしぃ~!」


 紫穂があまりにも愉快ゆかいそうにバカ笑いしたからか、

ぼくはなんだかカチンときてムキになった。


「きみは、女の子だろ」


「見た目はね、そうかも。でも──アハハハっ!」


ホントになにがそんなに可笑おかしいのか知らないけど、

紫穂はお腹をかかえてくっくっくと笑い、身をよじってる。


 そしてひとしきり笑って落ち着くと、紫穂は涙目をうかべてぼくを見上げた。


「──あぁ、そうか。あなたはふだんの……わたしの日ごろを知らないから、そう云うのね! わたしを〝女の子〟だって。

 でも、わたしのいつもの調子を見たら、あなたもうわたしを女の子だなんて思えなくなるわよ」


「どうゆうこと?」


 ぼくが訊くと、紫穂は空に目をやって考え込んだ。ほんの一秒だけ。

すると紫穂は頬杖ほおづえをついて、ぼくの反応を面白がるように云ってきた。


「わたしね、ふだんは〝悪い子〟でとおってるの。〝狂犬きょうけん〟っていうあだ名もついてる」


「え? それって、どういう事?」ぼくは意味がますますわからなくなった。「狂犬? 悪い子? なにそれ?」


「だーかーらー」紫穂は体に弾みをつけると、身軽に起き上がった。パンツは丸見えだ。


そしてニマニマと笑いながら、あぐらをかいてぼくと向き合う。「わたしって、学校でも家でも〝悪い子〟でとおっているの。いい子のわたしは、ここでだけ。あなたの前になると、不思議と自然体でいられるのよね、わたし。ありのままの自分をだせるというか……。ゴチャゴチャしたことを考えなくなるの」


「ゴチャゴチャした事って、なに?」


「んー。ふだん、わたしはケンカばっかりして、相手を泣かせているの。

ケンカの接近戦せっきんせんの最終手段で、相手の腕にみついたりして……肉をいちぎろうとしたりね。

それで〝狂犬〟っていうあだ名がついた。


 ……はぁ~あ。……世の中では、人には人の役割というものがあるらしいから、

わたしは悪い子の役割を買ってでているの。毎日そりゃもう、やりたい放題に!


けど、それには代償だいしょうがついてきて……だからわたしは毎日その代償のつぐないに、さんざん怒られてる。──お父さんは『半殺はんごろしだ!』って云ってる。ねえ? 半殺しって知ってる?」


 ぼくは首を横にふった。だって半殺しなんて言葉、始めて耳にした。


「半殺しっていうのはね、その言葉のとおり、半分殺して、半分はギリギリ生かしておくことを云うの。


 殺しちゃったら警察につかまるだろうし、あとあと面倒なんでしょうね。だから半殺しにするの。


それに殺しちゃったら、痛めつけて半殺しにできる面白い相手もいなくなっちゃうでしょう? ……そうなると楽しみがっちゃうじゃない? だからお父さんはわたしを半殺しにして、なにかのに使っているのよ。


 もし、わたしがいなくなったら半殺しのはけぐちが、お母さんかお姉ちゃんになっちゃう。わたしは、それがイヤなのよ。


だからわざと悪い子をして、お父さんの気をくの。

そうすれば、お父さんは〝悪い子のわたし〟しか目にはいらなくなるから……。それにどうやら、お母さんもお姉ちゃんも、わたしが悪い子でいるほうが嬉しいみたいなんだよね。


わたしが痛めつけられるのを見たがってるっていうか……『痛めつけられるのが自分達じゃなくてよかった』っていう顔をしてる。


ときどき、わたしが怒られるようにわざと、つげ口することもあるの。


寒い冬の夜、裸足はだしのわたしだけを外にほうりだして、家族団欒だんらんの夕食を、わたし抜きでかこむときだってあった。……その時のわたしの、さびしくてみじめな気持ちがわかる?


寒い外に立たされっぱなしだとイヤな気持ちになるし、寒くて手足の感覚もなくなるから、わたし夜の散歩にくりだしてぶらついたの。


そしたらね、どこの家の窓からも笑い声が聞こえる夕飯の時間じゃない?


『ああ、こんな想いをして、こんな時間に裸足はだしで出歩いてるのは、世の中でわたしひとりだけなんだ』って、ますますみじめな気持ちになっちゃって、唇を噛んで、わたし自分の家に帰ったわ。


暗いなか戻って、自分の家をあらためてまじまじと見上げたとき、この家は異常なんだってわかった。……戻ったら戻ったで『どこほっつき歩いてたんだっ!』ってまたなぐるでしょう? そっちが外にほうりだしたくせに、

世間体せけんていを気にしてわたしを怒るわけ。


で、きわめつけは『きたない足のままウチにあがるな! 外の水道で洗ってから入れっ!』とか云って、キンキンにえた冬の夜の水で足を洗うはめになったでしょう? わたしその時、よくもまあ次から次へとこんな嫌がらせが思いつくもんだなあって、感心しっちゃった。


こんな家族だからきっと、この家にはわたしみたいな底辺の役割をする人が必要なんだなって……そう思ったの。その役割がわたしなんだなって……。

 ……半殺しで殴る蹴るされたときのあざ、見てみる?」


 ぼくは、心ここにあらずでうなずいた。

紫穂がぽつりぽつりと云っている意味がまったく理解できない。



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