第十章 You remind me of one's heart

You remind me of one's heart ①


 その日から、きみはしょっちゅう遊びに来てくれた。

遊びに来る時間帯は、きまって下校時刻をすぎた、ちょっとったくらい。


きみは思いもよらないだろうけど、

ぼくは心待ちにしていたんだ。きみが、元気な声といっしょに遊びに来てくれるのを。

とても心待ちにしていた。毎日の楽しみになっていた。


 ぼくは朝から本を読んで──本を読むくらいしか、ぼくにできる事はなかったから──ときおり窓を見上げて空をながめる。


空の色と明るさで、どれくらい時間がすぎたのかを見計らっているんだ。


そして庭の、風に吹かれて揺れる木々のしげりを見て、読みかけのページに視線をもどす。


最近どうも、読んでいる本の話しが頭にはいってこないんだ。

どうやらぼくの頭のなかは、きみでいっぱいらしい。


 薄暗い部屋に学校の下校時刻のチャイムの音が届くと、おのずとぼくはソワついた。

今か、今か、ときみが来るのを待つ。


 そして今日も、きみは来てくれた。


「こんにちはー! お邪魔しまーす! ──ねえ! いるんでしょ? あーそーぼっ!」


 元気な誘いに、ぼくは笑った。

きみはちかごろめっきり、ぼくを外に連れ出すのがあたりまえになりつつある。


 ぼくは大声が出せないから──心臓に負担がかかってしまうから──返事のかわりに下におりて行くっていう流れが、ぼくたちのなか恒例こうれいになりつつある。


 いつものように下へそーっとおりて行き、玄関と下一階を見渡す。

今日は、ふすまという襖はすべて開け放たれていた。とても風通しも見渡しもいい。


 するときみは軒下のきしたの窓から手を伸ばし、おばあちゃんから座布団のパスをもらっていた。(おばあちゃんとも、だいぶ仲良くなっているなあ)


 なにをしているんだろうとそばに行くと、きみはぼくを見つけて笑った。嬉しそうな輝く笑顔で。


きみがそんなんだから、ぼくもついつられて明るく笑ってしまうんだよな、いつも。


「おばあちゃんと、なにをしているの?」


「庭の芝生しばふにレジャーシートをいて、そこであなたと遊ぶの! それでねクッションがわりに座布団を敷いて……ついでに天日干てんぴぼし!」


「この子はいい子だねえ。よく気が効く子だよ」おばあちゃんがホクホクと笑いながら云った。


 ぼくは、おばあちゃんのみにふくまれている気持ちに素知そしらぬふりをして、このもようしに参加することにした。


「たまには、こういうのもいいね」


 ウキウキしながら最後の一枚になった座布団を手に、玄関へまわる。


 玄関には、赤いランドセルがころがっていた。──紫穂のだ。このようすを見るに、紫穂は自分の家でもこうやってランドセルをげ転がし、置き去りにしたまま遊んでいるのだろう。


宿題や勉強は二の次ってわけだ。


 ぼくはニヤつきながら外へでた。

このところ──紫穂といると、なにもかもの調子がいい。体も思うように動くし、気持ちも明るくなる。


それに、物事を前向きに考えられるようになったんだ。

ぼくが生きていてもいいのかどうか? とか。紫穂にも訊いたんだ……というか、ぼやいた。


「ぼくは生きていてもいいのかな?」って。そしたら紫穂の応えは、もちろん「いいにきまってるじゃん!」だった。


 そう云うと思ったから応えは訊くまででもなかったけど……そう云われると、嬉しいよね、やっぱり。


 ぼくが紫穂から云われたお気に入りの言葉は、


「生きていれば、そりゃ、いろいろあるけどさ──なにかあったら、わたしのためをおもって生きびなさいよ」


「わたしもあなたを想えば……なんとしてでも生き抜こうと思える」


「わたしたち、このままいくと……最後にはいっしょになっちゃうね!」などなどだ。


 これを大真面目に云うんだから、ホント笑っちゃうよ。

……嬉しくて、涙がこぼれてしまうほどに。


 陽射ひざしの明るい外にでると、紫穂は芝生に敷きつめた座布団の上に横になっていた。


「え、お昼寝してる。遊ぶんじゃ……なかったの?」


「う~んっ。お日さまにあたっていたら……眠たくなってきちゃった」


 紫穂は大の字にをした。

ひざ丈のスカートが風に吹かれて……パンツが見えてしまいそうだ。どうしよう……。目のやり場に困るよ……。


 ぼくはパンツを見ないように持っていた座布団の最後ひとつワンピースを加え、敷きつめられたパズルを完成させた。

すると紫穂は眠そうな目をしながらもニコリと笑った。


「──ねえ、こうゆう〝日なたぼっこ〟って、したことないでしょう?」

「ないよ。でも……気持ちよさそうだね」

「気持ちいいよ。──敷いてある物といっしょに天日干しされるのって! 日光に殺菌消毒されているのが……わかる。おまけに、ちょっとしたピクニック気分もあじわえるの。……ねえ、寝っ転がってみなよ」


 紫穂はゴロンと転がって、占領していた座布団島の領土半分をぼくにゆずってくれた。けど、やっぱりパンツが見えそうなんだよな。

この子は、なんで気にしないんだ? 女の子だろ?


「えぇっと、外で寝っころがってもいいんだっけ?」ぼくはそっぽを向いて云った。


「は! いいにきまってるじゃん! ──え、ダメなの? 外で寝たらダメなの? えぇ、じゃあ、キャンプのテントのわきで野宿してる人はどうなっちゃうの! ──あ、心臓が悪いと、外で横になるのもダメだって、そう云われているの?

 ……それって、どうなの? 心臓が悪かったら、たおれた時に横になるじゃない? ……それもダメなの? へんなきまりごとー」


 紫穂がムスくれ始めた。

確かに、紫穂の云いぶんはあっている。心臓が悪いからって、こうして外でゆっくりしたらダメだなんていう決まりは馬鹿げている。


 母さんも、みんな神経が過敏かびんになりすぎて、ぼくを過保護にしすぎなんだ。


「……そう云われると、そうなんだけどね」ぼくは認め、とりあえず紫穂の隣りに体育座りで座った。ついでに、風でめくれあがっているスカートをそっとなおす。


「パンツ、見えそうだったよ。女の子なんだから、ちゃんと気をつけなよ」



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