All in the name of love ⑦


「ほかにもいろいろあるわよ。……ありすぎて、どれから云えばいいのかわからないくらい! あんた、あんなのとよく家族やってられるわね!」


 ぼくはき笑いするのを噛み殺した。──あれ? お腹が痛いぞ? ……あれれ? …──ああそうか、笑うのをこらえると、お腹が痛くなるんだっけ。こんな簡単なこと、ぼくはすっかり忘れていたよ。


「ぼくの代弁者だいべんしゃみたいだね、きみは。話していると、おもしろいよ」


「だいべんしゃ? なにそれ?」きみはまた首をかしげた。


目をまるくして、瞳は好奇心にあふれてキラキラしている。


 ぼくが思うに、この口達者くちたっしゃさんは言葉を覚えるのが大好きなんだ。新しく覚えた言葉の使いかたはさておき、そういう知的好奇心は大切だ。


「代弁者っていうのは、ぼくが思っていたことを、ぼくのわりにきみが声にだして云ってくれただろう? それだよ」


 妹は眉をよせて「うーん」とうなった。「つまり、あなたはわたしとおなじ考えなんだ!」妹はひらめきをあらわに、手をポンと打った。


 ちょっと飛躍ひやくしすぎな結論だけど、あながち間違いではない。

ぼくは苦笑くしょうしてうなずいた。


「まあ、そうなるかな」


「──やったあっ!」妹は身をちぢめてガッツポーズをすると万歳をした。

でもってそのまま、その場でくるくると回る。まるで宝くじでも当たったみたいだ。


「わたしね、ずっとおなじ考えを持った人をさがしていたの! わたしだけ──ひとりじゃないって思ってた! わたしみたいな考えの人は、ほかにもいるはずだって、ずっと信じてた!

ああ、やっとめぐりあえた! もうっ、こんなところにいただなんてっ! おうちにこもりっぱなしじゃ〝であえるに、であえない〟でしょ! ああー、もうっ──よかった、であえて!」


「おなじ考えって……。きみとぼくが一から百までおなじ考えとは思えないけど、云われてみればたしかに──そうだな。おなじ感じがする。──〝共鳴する〟っていうのかな……」


「うん、うん。……うん? あのさ〝きょうめいする〟っていう意味は、イルカ同士が会話をするような感じ?」


 イルカ。……エコーロケーションか。


「きみはおもしろい例えをするね。でもまあ、そんな感じだよ。……いやでも待てよ。これはぼくたちにかぎった話しなのかもしれないよ」ぼくはあごに手をあてて考え込んだ。


 これまで、こんな感覚はなかったぞ。おなじ人間同士なのに、この子みたいに〝繋がれた〟感覚は一度たりともない。


 それとも、たんにぼくが出歩く回数が少ないから、こうした出逢いがなかっただけなのだろうか。


 病院には何度となく足を運ばせている。

退屈な待ち時間をすごしている間に、入れ替わり立ち替わりする、さまざまな患者の会話に聞き耳をたてていたけど、


こんなふうに共鳴する感覚におちいったのは、やっぱり一度として無い。


 ぼくが経験からの思考をめぐらせていると、妹は手をあげるよりも先に答えを口にした。嬉しそうに、笑いながら。


「〝わたしたちがおんなじ人間〟だからでしょう?」とってもシンプルな答えだった。しかもズバリだ。


「そうだね、ぼくたちがおなじ人間だからだ」


 人類をひとくくりに〝おなじ人間同士〟というぼくの価値観が吹き飛んだ。


 人類みな兄弟、みなおなじ人間同士。それは間違いない。けれどもそのなかに、特別な──ぼく専用の──人がいる。


特別な繋がりのある人。それが……きみだ。


 ぼくたちだけのエコーロケーション。


 ぼくが認めると、きみは笑顔をますます輝かせた。


「それで、そこにいる〝わたし〟。いつになったら、こっちの日なたに来てくれるの?」


「いま行くよ」ぼくは〝ねぐら〟を巣立つように旅立った。

きみが待っている明るい世界へ──。



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