All in the name of love ③


 二人……。ぼくは思った。

こんなににぎやかな女の子の友達が二人も遊びに来るなんて、兄さんがうらやましいなって。


そのとき、ぼくは初めて兄さんがねたましいと思った。


見栄をはりたがる理由にも合点がてんがいった。


兄さんは、遊びにきた女の子の二人のうち、ひとりの子のことが好きなんだ。

だから〝ええかっこしい〟をきどっているんだ。


 兄さんは、どっちの子が好きなんだろう。そう興味をそそられた。

でも心のかたすみでは〝兄さんに好かれた子もかわいそうだな〟とも思った。


あんなのから好かれたって、いいことなんかひとつもないのに。


「妹が云ってるのは正しいかもしれないよ」


兄さんが愉快ゆかいそうに二人の会話にくわわった。──妹! 紫穂と呼ばれた子は、妹なのか。

そしたらあの猫かぶりはお姉さんか。


 ぼくはつかのま、推理小説の時間に一喜一憂した。

けどそれは、ほんとうにつかのまだった。つぎの兄さんの口から出た言葉は、ぼくの心をズタズタにした。


「子供から元気をとりあげたらなにも残らない、お荷物になるだけ。それ、あってるかも」


 ショックだった。


 お荷物。

たしかにぼくは家族のお荷物だ……いや、足枷あしかせのほうがあっているかもしれない。


ぼくがいなければ、母さんは具合が悪くならなかったのに。

ぼくがいなければ、引っ越さなくてもすんだのに。

ぼくがいなければ……家族は仲良く暮らしつづけていたかもしれない。


……ぼくは、みんなの足をひっぱってる。


 ホントは、気づいていたんだ。

だけどあまり考えないようにしてきた。ぼくの存在理由が無くなってしまうから。


家族に〝お荷物〟だと思われるのもイヤだった。けど、やっぱそう思われていたんだな。お荷物だって。……ちくしょう。…──チクショウッ!


「へ~」紫穂……妹は、品定しなさだめをするように声を低くして云った。「あんた、わたしとおんなじ考えだったんだ。そんなふうには見えなかったけど、これが〝人は見かけによらない〟ってやつ?」


「おまえ、やっぱ礼儀れいぎが悪いな」兄さんが毒づきはじめた。「年下とししたのくせに生意気なまいきな口をきくなよ」


「ほらみなよ紫穂! あやまんな!」お姉さんがまくしたてた。


「あれ、なぁ~んだ。あんたやっぱ見かけどおりの人間だったんじゃん。つまんないの~」妹はやっぱり悪びれることなく平然と返した。「ねえ、家のなか探検たんけんしてもいい? わたし、他人ひとを見てまわるのが好きなんだよねぇ。どうゆう間取まどりしてるの? 案内してよ、〝お兄ちゃん〟」


「は~あ? お兄ちゃん? 〝お兄ちゃん〟なんて呼ぶなよ! オレはおまえのにいちゃんなんかじゃないぞ! なれなれしいんだよ、気持ち悪い!」


「ねえ、ほんっと、うちの妹がごめんね! ──紫穂、ちゃんとあやまってよ!

じゃなきゃ、もう二度とこの家にあがらせてもらえなくなるからね!」


「そんなことないでしょ」妹はやっぱり平然だった。

「ね、おにーちゃん」なんだかいわくありげなニヤついた声で兄さんを呼んだ。語尾にハートマークがついててもおかしくない感じに。

「〝しょうらいてきな目〟で見てみたら──〝お兄ちゃん〟でしょう?」


 はっはーん、なるほど! そうか! 兄さんがいてるのは、お姉さんのほうなのか! で、妹はその恋心を手玉てだまにとっている……!


 ぼくにとってはセンセーショナルだった。

革新的だった。こんなふうに兄さんをやりこめる方法があるだなんて、知らなかった!


 だけどそんなわざを知ったところで、ぼくの傷ついた心はちっとも晴れなくて……いやされなかった。


 兄さんがまごついて云い返せていない。かわりに、お姉さんがずかしそうに──まんざらでもなさそうに──返した。


「なに云ってるの紫穂! へんなこと……云わないでよ」


 なだよ、もじもじしちゃって。

猫かぶりのお姉さんも兄さんのことが好きなのか。……これが、両想いってやつなのかな……。なんだか、ぜんぜんおもしろくないや……。


ぼくにはえんの無い、別世界の出来事がこの下の階で繰り広げられている。そう思った。


 ぼくがいる二階は次元の違う別世界。この世から遮断しゃだんされている、日もあたらない場所。あの世に、一番近い場所……。


 悲しくなったぼくは体を起して、おとなしくベッドに戻った。

兄さんがよく云う〝弱虫のねぐら〟に。


下からは楽しげな声がさかんに聞こえてくる。

お姉さんの反応を見た兄さんが調子づいて、しきりにお茶をすすめている。


「おいしい和菓子があるんだ! 食べてよ!」


「え、いいの? じゃあ、いただこうかなぁ……紫穂! あんた、なにかってにウロチョロしてるの! お行儀ぎょうぎよくしなさいよ、ホント恥ずかしい!」


「えぇ~!」妹が不満の声をあげた。「でもわたし、お茶しにきたんじゃなくて、遊びにきたんだよね。それにお姉ちゃんこそ忘れちゃったの? さっき自分で云ってたじゃん。〝えんりょ〟しなよって」


「あんた……!」


「いいよ、いいよ。不作法ぶさほうな妹なんかほっときなよ」


「ふん! 不作法っていう言葉は作法をきちんと身につけた人が云う言葉なんだよ。

そんなのもわからないなんて、あんたやっぱバカね。


 でもわたしが不作法者だってことはあたってる。

ふふっ、こんなに不作法でふつつかな娘が妹になりますが、これからも〝すえながく〟よろしくお願いします──あ! テレビみっけ! ねえ、お兄ちゃん、ゲームやらせてよ! 持ってるでしょう?」


 ぼくはギクリとした。

ゲーム機は、引っ越しのときに家に忘れてきちゃったんだ。


兄さんもかたまったままで応えられないのがわかる。いや、圧倒されているのか? この妹に。


「テレビゲーム……ファミコンは……この家にはないんだ」兄さんは、やっとの思いでバツが悪そうに云った。


「え! ファミコン、持ってないの? ウソでしょうっ! 男の子の家にはかならずゲーム機があるはずじゃん! 持ってないなんて、ウソでしょう。いじわるして隠してなんかいないで、さっさと出してきなよ、ゲーム。そしたらわたしはおとなしく座ってあげられるんだから!」


「だから、ほんとにないんだよ!」兄さんが、泣くのをこらえている声でおこった。


「えぇー!」妹はひかない。「お金持ちの家って聞いたから、あてにしてきたのに!」


「紫穂!」お姉さんがすかさず口封くちふうじにかかった。妹にここが〝お金持ちの家〟ってきこんだのは、この人だな。なんだよ、お姉さんは金目当かねめあてかよ……。ったく。



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