All in the name of love ④


「ゲーム機は、家に置いてきちゃったんだよ!」兄さんがいよいよ泣きそうになってる。


「はあ? あんた、なに云ってるの?」妹はたたみかけにはいった。この子は、兄さんを追いつめる気なのか。「『家に置いてきちゃった』って、ここがあんたの家なんでしょう?」


「そうだよ、家だよ!」兄さんが切羽詰せっぱつまった声で叫んだ。「だけどもうひとつの家に置いてきちゃったんだ!」


「もうひとつの家?」妹は胡散臭うさんくさげに云った。「それじゃあなに? あんたんちって、家がふたつあるってこと?」


「そうだよ!」


「ハッ!」妹はバカにしくさったように笑った。「強がるのもここまでくるとあきれちゃうわ。いい? こうゆうときの〝もうひとつの家〟っていうのは〝べっそう〟っていうの! それにあんた、べっそうを持つほどのお金持ちには見えない。


すねちゃまにでもなった気でいるの? どら焼きがあるのはネコ型ロボットのため? ──バッカっバッカしいっ! ゲーム持ってないなら持ってないって、ハッキリそう云ってくれれば、わたしだってこんなにムキにならないのに! こうゆうのが〝おうじょうぎわがわるい〟ってやつなのね!」


 ぼくは体を起して下の階に行くことにした。ぼくが、洗いざらいぜんぶを話そう。


うちにゲーム機が無い理由も、もうひとつの家のほうは別荘べっそうなんかじゃなくて、そこがぼくたちの本来の家なんだってことも。


 妹は口が達者たっしゃなんだ。

口べたな兄さんが──この妹の前だけでは口べたになっちゃうな。なんせ、兄さんは〝ええかっこしい〟だから──出るまくじゃない。


 ぼくは薄暗うすぐらい階段をそーっと、おりていった。

足もとをみはずしてころがり落ちようものなら、大変な大騒ぎになってしまう。


まずおばあちゃんは、療養中の母さんに電話をいれるだろう。それからは……パニックとヒステリックの嵐だ。考えただけで身ぶるいがする。


 下からは兄さんがメソメソやってる声と、介抱かいほうするお姉さんの声が聞こえてくる。


「紫穂! あんた云いすぎだよ! かわいそうに、泣いちゃってるよ!」


「ふん! ぶったりたたいたりしたわけじゃないのに──弱虫!」


 妹の捨て台詞ぜりふにぼくはきそうになった。

日ごろ、ぼくがさんざ云われてきた言葉を、兄さん本人が云われてる! 正直なところ、ざまーみろっ! と思った。


「あ! 階段みっけ!」突然、妹がドタバタと足をみいれてきた。ぼくの体がギクリととまる。「これだけ大きな家なら、二階に子供部屋があるんでしょう? ゲームがなくったって、おもちゃなら……」妹がぼくの姿を見て、かたまった。こおりついたかのように。


 妹は、ヒョロっとした細身ほそみの──栄養のたりていないぼくと、そう変わりないほど細い──子だった。


だけど、ぼくとは肌の色が決定的に違う。

日に焼けた、浅黒い小麦色の健康的な肌。


その肌の、そこかしこに点在てんざいする、殴られたようなあざ

肩にかかる程度の短い髪も日に焼けていて、赤茶あかちゃけた色をしている。


 どうするか、なんて云おうか。

ぼくがめまぐるしく言葉を探していると、妹は顔を戦々恐々せんせんきょうきょうにし、目を大きく見開いた。


 つぎの瞬間、耳をつんざくほどの大声が家じゅうにひびきわたった。


「──ねえっ! ここにもうひとり子供がいるーっ!」


「えぇ! なに云ってるの紫穂。ほかに子供なんているわけないでしょう。ねえ、あんたこっちに戻ってきて、ちゃんとあやまってよぉ。じゃなきゃこの子、泣きやまないよぉ」


お姉さんが心底困りはてた声で助けを呼んだ。ぼくは思った。……兄さんの泣いている顔を見れるなんて、始めてなんじゃないか?


「えっ!」妹は叫んだ。その大きく見開いた目は、ぼくをとらえて離そうとしないふうに視線をそらさない。「じゃあ──この子はの子なのっ? それともほかに遊ぶ友達でも呼んでいたのっ? ねえ! どうなのよ!」


「だから紫穂はなにを云っているのよう!」お姉さんはどうもお疲れ様らしい。

声の色に疲労がにじみでている。


兄さんが……かわらずメソメソしているんだな。

たぶん、お姉さんのももに顔をうずめているんだろう。スケベめ。


 妹はソワソワしたようすで、また声をはりあげた。「だからここに子供がいるんだって! わたしが見ているのは座敷わらしかなんかなのっ? それなら大発見じゃん! ──ねえちょっとそこの泣き虫! 泣いてばかりいないでなんとか云いなさいよ! ほかに友達を呼んでいたのっ?」


 ──座敷わらしだってぇ? なんだよ、ひどいじゃないか、妹。

ぼくは幽霊なんかじゃないぞ!

……まだ。……かろうじて。


「えぇ? 座敷わらし?」お姉さんの好奇心にも火がついたみたいだ。


「いかないでっ!」兄さんがお姉さんを引きとめた。兄さんがスカートにしがみついている姿が想像できる。──まったく、なにをやっているんだ、兄さんは。


 妹は、ぼくをジッと見つめたままで声だけを飛ばした。そんな目で見つめられたらぼく、体に穴があいちゃうよ。


「お姉ちゃん! そんな泣き虫ほっときなよ! こっちにきて! いっしょに見て! わたしの見ている物がお姉ちゃんの目にも見えるか、確かめようよっ!」


「物じゃないよ」ぼくはついムッとして口をすべらせた。


「あぁっ! しゃべった! おねーちゃーん! この子、しゃべったよ!」



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