I'm right here ④


 買物は順調で──わたしのフィッティングを見た夏樹の反応は割愛かつあいしよう──その試着した服を即決、即買いするという結末になった。


あまった予算でバッグとパンプスを買って、

一時間もかからずにわたしたちはショッピングモールをあとにした。


夏樹が甘い物が食べたいと云いだしたのも、帰るきっかけになった。


だって、これじゃあまるでデートみたいじゃない。そんなのよしてよ。


──とりわけショックだったのは、夏樹が「あー、これはダメ。これがいい」と、ぶつくさ云いながらハンガーをかきわけて、わたしに合う服を選んでいる姿を見ているうちに鳥海先輩の影とかさなって見えたこと。


 こんな仕打ちったらないわ! だって、ありありと予見できてしまったんだもの! 


──もし、わたしたちがもっと違う道を選んで歩いていたのなら──お互いが離ればなれになんかならずに──

〝別々の人生を歩む〟なんていう生きかたを選ばないで、──わたしたち二人の人生の糸が絡み繋がるがまま──共にいっしょの時をすごす生きかたの選択肢を選んでいたのなら──こんな未来が待っていたのに……!


 わたしに似合う服を選んでくれていたのは鳥海先輩。そのはずだった。夏樹じゃない……!


 自分が過去にくだした決断のあやまちや、おろかさににがい涙がこみあげてくる。


……時間は、巻き戻せない──知ってる──。

この世界に、鳥海先輩はもういない……どうにもならない。


 わたしは泣くのをこらえて夏樹にいますぐ帰ろうと伝えた。


「どうしたの、紫穂? ……顔色が悪いな」


夏樹はすぐにわたしの異変に気づいた。

ウィンドウショッピングしている足をとめて、心配そうに顔をのぞきこませてくる。


「おまえ、ちゃんとご飯食べてる?」

「ご飯は食べたり、食べなかったり……いいから早くここから出て帰ろうよ。わたし、なんだか頭が痛くなってきた」


口からでまかせなんかじゃない。痛すぎるぐらい痛い。

脳内の血管に血がかようたびに、ズッキンズッキンと脳が砕かれているよう。

……このままじゃ、吐く。


「──トイレ」わたしはうめくように助けを求めた。


「え? なんて云ったの?」


わたしの声がちいさすぎたのか、夏樹には聞きとれなかったみたい。

けどわたしは、モールの天井にトイレと矢印の標識を見つけた。


一目散に人ごみをかきわけて、よろめきながらもトイレに駆けこんでいく。


 この買物中は、吐くまで具合が悪くなってほしくなかったのに。

こんな調子じゃ、わたしは外をまともに出歩けなくなる。

先が思いやられちゃうな。


 ……吐きおわって、トイレから出るのも億劫おっくうに感じた。

トイレの出先で待っている夏樹に、なんて云われるんだろう。

考えるまでもない。叱りつけてくるのよ、夏樹は。


 洗面台で手洗いとうがいをして、口をゆすいでいるあいだに、なにかいい云いわけが浮かんでこないか期待したけど、

わたしの〝脳たりん〟は、からきし使いものにならず、てんでダメだった。


 トイレから出て夏樹の姿を探すと、彼は通路のソファにもたれていた。わたしの顔を見るなりすっくと立ちあがる。


よく見てみると、見覚えのある物もソファにまぎれ置かれてある。わたしのバッグだ。それと、さっき買ったばかりの服とかなんやらのショッピングの紙袋。


わたしは両手ににぎこぶしをつくった。夏樹のところまでつかつかと歩いて行く。


「ごめんね。お待たせ」とりあえず、なにごともなかったように振舞ふるまう。ムリがあるだろうけど。


「なあ、紫穂──」

「今日って、日曜日なんだよね」わたしは夏樹の言葉をさえぎった。「病院はお休み。そうでしょう? ……明日も具合の悪さがつづくようなら、ちゃんと病院に行くから……お願い、なにも云わないで」


 夏樹は眉と目がくっついてしまいそうなくらい、まぶたを目の奥に沈めた。


「できれば今すぐにでも緊急外来につれて行きたいんだ」


「夏樹は、わたしのお兄さんになったつもりなの? もしくは、保護者とか? ……よしてよ。わたしは見てのとおりもう立派な大人だし、自分の体調くらい自分でわかるし、いざヤバいなって思ったら、ちゃんと病院に行くってば」


「そうやってちゃかすなよ」


夏樹の眉がますます寄った。眉間に深い皺をつくってる。

わたしは手を伸ばして夏樹の眉根をならした。


「心配してくれてありがとう。でもほんと、大丈夫だから。帰ろうよ」


「そんなんじゃ運転できないだろう」夏樹にすかさず待ったをかけられた。


わたしはため息を吐いて、今まで夏樹が座っていたソファに体を沈ませた。


「わたしのバッグと荷物、ありがとう」


「頭痛はいつから?」夏樹がわたしの感謝の言葉を無視して問い詰めてきた。


わたしはムスッとしてソファの隣りを叩いた。

夏樹はすんなり隣りに座ったけど、わたしのおでこに手をあててくる。なんだか、病院といっしょじゃない。笑える。


「熱もあるんじゃないか?」


 わたしは夏樹から視線をそらしてそっぽを向いた。


「じゃあきっと風邪ね。季節の変わりめで天候が不安定だから、わたしの体調も不安定なのよ。……天気に振り回されちゃって、いやぁ~ね」


「家まではオレがおまえを車ごと送っていくから」決定事項を告げるような強い口調で夏樹は云った。


「──ええっ! わたしを、家まで送る? 夏樹が?」突飛とっぴあんにわたしは目をむいた。


 夏樹は、これ名案とばかりにかたくうなずいてる。わたしの口から、弱音よわねのため息がもれた。──どうしよう。


 わたしは、今日の買物を現地集合、現地解散にしたのは最善策だと思ってる。

そのほうが後腐あとくされもなにもないし。


「わたしを送ったあと、夏樹はどうするのよ? まさかここまで歩いて戻るわけ?」なんとか送ってもらわない方向に軌道修正していく。


「まさか」夏樹は大真面目な顔つきのまま云った。「紫穂の家から最寄りの駅までは歩くけどさ、そのあとはタクシーを使うよ」


 まいったな、こりゃ。……ツッコミどころが満載だけど──わたしの家の場所のみならず、最寄り駅(しかもその道のりまで)を網羅もうらしているのとか──ひとまず置いておく。


 わたしは、夏樹が帰り道の途中で出し抜けに病院へ寄り道しようとするのが、一番の気がかりなのよ。


「わたし、保険証は持ち歩いてないからね」釘を刺したつもりだったのに、どうやらわたしはミスをしてしまったみたい。夏樹が胡散臭うさんくさげにわたしを見た。


 ***



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