I'm right here ③
その週末、わたしは夏樹に呼びだされた。
わたしは来週末、子供を預かってもらうために、お母さんに電話をして予約はいれておいたけど、
〝お婆ちゃんの家に遊びに行く〟お預かりはこれで二週連続確定になってしまった。
夏樹からの用件は、ずばり身だしなみ。
わたしは眉をあげてその呼び出しに応じた。
ほんとはその気になれば、服選びなんて人の手を借りなくてもできるけど、
よくよく考えてみれば、そういう話しをする場所におもむく用の服をどう選んだらいいのかわからなかった。
これは完全に経験と知識のなさからきてる。
夏樹いわく「落ち着きのある色使いで、露出は無いに越したことはない。
女の人はこの季節にサンダルを履くけど、素足のまま訪問宅にあがりこむのは失礼だなぁ。
できれば、ストッキングかなにかを履いたほうがいいけど、それだとババ臭くなっちゃうね」だそう。
からかうように笑いを押し殺して云うさまに、わたしはムスッとした視線をおくったけど、夏樹の
「予算からして、セットアップなんかどうかな」
夏樹は明るく提案してるけど、そこらへんの景色に視線を飛ばして笑いを噛み殺してる唇をぬぐってる。
到着した隣街の大型ショッピングモール内をぶらついて感じたのは、華やかできらびやかな世界だってこと。
ここ数年のわたしには無縁だった世界。
照明や、きらびやかな服がまぶしすぎて見ていられないくらい。
わたしって、昔ほんとにこの業界にいたの? なんだか過去の自分が信じられない。
べつの人物の人生の記憶が頭にインプットされているよう。
「わたしって、セットアップもストッキングも好きじゃないのよね」
わたしはだだをこねた。
ショッピングモールは、わたしからしたら異世界のようで、どことなしに居心地が悪い。
人も多いいし、なんだか人酔いしてきたみたい……気持ち悪くなってきた。──お願いだから、このタイミングで頭痛がきませんように! ──でもって買物がさっさとおわって早く帰れますように!
「セットアップはひとつくらい持っておいたほうがいいよ。
落ち着きのある色使いの物なら、これからなにかと役に立つし」
夏樹が意味深に云う内容がなにを差しているのか、すぐにピーンときた。そうよね、わたしはこれから、子供の成長に合わせて〝授業参観・保護者懇談会〟なんかがありますもんね。
「そうね、わたしにはたしかにセットアップが必要ね」渋々認めると、夏樹は
「紫穂はもっと自分を大切にするべきだよ。服もちゃんとしたのを身につけないと。──今日だって、なんでフットサルする
オレが見るに、紫穂はわざわざ努力をして自分を台無しにしているようにしか見えない」
わたしは、まぶしい店を
はっきり云って夏樹の意見は
「人って基本、見た目で判断するでしょう? それなりの服装をしていれば一目置かれるけど、でも
それに、わたしが服を
「おれも新しい服が欲しい」だとか云って、身の丈に合わない──自分の収入に見合わない──高価なブランドの服を欲しがりはじめる。
「新しい電化製品が欲しい」
「新しい家具が欲しい」
「新しいゲーム機が欲しい」
「新しい最新のスマホが欲しい」
「あ、歯医者に行くんだ。おれも行きたいから予約しといてよ!」テメーで予約しろよ。
新しい、目についたおもちゃを欲しがる子供みたいに。
そしてわたしは毎回、子供をなだめるように、アホをなだめなければならない。
ダダをこねてくる大きい子供をなだめつかせるほど、バカバカしいことったらないわ。
リアルに本物の手のかかる子供がいれば、よりなおさら。
「紫穂は、良くも悪くも目立つからな」夏樹はつぶやくようにボソッと云った。「涼とおなじで、おまえは目立つ。
不思議な力に引き寄せられて人が多く集まるけど、そのぶん敵にも見つかりやすい。……だから、強くならないと──あ、これなんかどうかな?」
わたしは驚きに目を見開いて夏樹を見た。
この人の云いぶんは、さっきから的を射ている。ほんと、どうしちゃったの?
「試着してみなよ」
夏樹の軽い調子にうながされて、戸惑っていたわたしは夏樹が選んだ服をよく見ないままフィッティングルームにはいった。
鳥海先輩とおなじ、か……。
聞き覚えのある
中学のとき、よく云われたっけ。──あのころのわたしはその意見を認めなかったけど。
でも気づいてた。
もしかしたら、たしかに似ているかもしれない……ていうか、わたしそのものな感じがするって。
それなのに、
わたしは昔のできごとを思いだして口元をほころばせた。──ほんと、意地っぱりって、いいことない。
夏樹の選んだ服は、予告どおり
紺色で、袖口とワイドパンツの裾からのぞくレースが、女性らしい雰囲気をたっぷりだしている。
わたしは天井を見上げてため息をついた。夏樹の好意には、観念するしかなさそう。
わたしはのろのろと試着をはじめた。
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