I'm right here ②
あまりにもすぐだと心の準備がおいつかないだろうし、
でもだからといって、あいだに日がはいりすぎるのもかえって神経によくない。
胃に穴があいてしまうかも。
……なによりものがたっているのはわたしの髪の毛。
この数週間で受けたストレスは相当量だったみたいで、
わたしの髪にはたくさんの白髪が増えてしまっていた。
だから、なるべく早くに鳥海先輩のご家族に会いたい。
「うん、涼のお母さんは来週の週末がいいって云ってたよ」
夏樹が友達との約束話しのように云ってきた。
夏樹は、そんなに鳥海家との交流が深くて仲がいいんだ。……いいな、仲良くて。
羨ましい。
わたしには、なにもない……。
鳥海先輩との繋がりを証明できるものが、なにもない。
思いがけずして〝形見〟となってしまった、卒業式にもらったボタンが手元にあるばかり。
わたしには、それしかない。
最近、せめて写真がほしいと思ったけど……よくばりね。
「紫穂は来週末の予定に、なにかはいってないの?」
「なにもはいってない。行けるよ。……何時頃になるかな?」訊いておいて、きっと午前中のうちになるんだろうなと思った。たぶん、十時くらい。
「涼のお母さんは十時ごろがいいって云ってた」やっぱり。予想があたった。「だからオレは九時半くらいに紫穂の家に迎えに行こうと思って──」
夏樹が急に声を詰まらせた。理由はわかる。
わかるだけに、なんて云ったらいいのか言葉がみつからない。
わたしは
べつにその風景に会話のつなぎになるヒントが
だいたいの予想はついていたけど、夏樹は、わたしをかなり──おそらく、過去という
ストーカーというより、もはや
もうそっち方面に転職しちゃいなよと思ったり、ちゃんと夏樹を
自分のしていることがあったから、そんなに強くは
……夏樹の気持ちが、わかるから。
「夏樹」わたしは慎重に声をかけた。「わたしの住んでる
「ごめん! オレ……!」夏樹がまた言葉に詰まった。
電話越しにつづく沈黙のなかで夏樹が
きっと夏樹はわたしに云われるまでもなく、日々
自分のしていることに疑問を覚えながらも、
とめられない気持ちに〝このままでいいのか──〟って。
わたしは
「夏樹、待ち合わせしようよ。姫ノ宮市のイオンで。……夏樹に送り迎えしてもらうのは悪いんだけど、お願いできるかな?」
ご近所の目もあるし、家から離れた場所で待ち合わせをするのが、この場合は一番いいのよ、
まったく夏樹は抜かりなく事を進める肝心なとこに気がまわらないんだから。
「それはいいけど……ほんとごめんっ!」電話なのに、夏樹が頭をさげているのがわかる。わたしは笑った。……まったく、しょうがないな。
「じゃあ、来週の日曜日に、イオンに九時半で──あ、日曜日でいいんだよね?」
「……いや、土曜日がいいらしいんだ」夏樹が申し訳なさそうに云った。
「そっか、土曜日……聞いておいてよかった。じゃあ、土曜日にね」
「ああ、うん。土曜日に……」
「それじゃあ……おやすみなさい」
「うん、おやすみ……」夏樹がぎくしゃくと返したのを聞いて、わたしはぎこちない雰囲気のまま電話を切った。
車の運転席のシートに深くもたれかかってこれからのことを考えてみる。
ここでジワジワと実感が湧いてきた。──わたし、ついに鳥海先輩の家族の人と話しをするんだ……!
心臓がせわしなく鼓動を打つ。
緊張のせいなのか、頭痛がひどい……。頭が──痛い!
わたしは車から転がり降りて、まろびながら家にはいるとトイレに駆けこんだ。
病院に行って以来、わたしの頭痛は日ごとにひどくなってる。
めまいは薬でごまかしているけど、この頭痛だけは我慢できない。
吐くもの吐いて、口のなかに残っているスッパイ残骸をペッと便器に吐き捨てた。
頭痛のピークは過ぎ去ってる。
歯磨きはこの吐き気がおさまってからにしよう。
このままトイレにひきこもって、これからのことをおぼろげにイメージトレーニングしようとしたけど、やめた。
体力的に気力が
それにお姉ちゃんとの時もそうだったけど、
あれこれ考えた計算通りの押し問答をしたって、なんの意味もないのよ。
けっきょくは素直が一番。
心の声を
じゃなきゃわたしのほんとうの気持ちなんて伝わらないのよ、だれにも。
だから心のままに動くのが一番いい。
なにより、大切な鳥海先輩に打算的になりたくない。
もう、こりごりなのよ……正直になれないのは。
素直に自分をさらけだすのは難しいけれど、人生で一度くらい、素直な自分を押し通してみましょうよ。
大丈夫、わたしには鳥海先輩がついているんだから。……彼に、見ててもらおう。わたしの本心を。
わたしには、それぐらいでしか
遅くなってしまったけど──あなたはもういないし──わたしが生きているうちに、残せる真実の気持ちを残しておきたい。
***
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