第八章 I'm right here
I'm right here ①
日付が変わろうとする夜の零時前。
このところ日課になりつつある日記をつけていると、スマホが鳴った。
着信画面には夏樹の名前。
わたしは
「ちょっと待ってて」
挨拶もなしで口早に、一方的に伝えてスマホを耳から離し、車の鍵を鍵掛けからサッと取る。
外の車内は、わたしが一人きりになれてプライバシーも守れる唯一の場所。
わたしは
車に乗り込むと内側から鍵をかけた。
「もしもし、夏樹?」
ここでやっと感情を解き放って本題にはいる。
心臓がせわしなく鼓動をうつ。
「あぁ、オレ」なんだかヘラッとする感じに夏樹が応えるもんだから、わたしは思わずムッとしてしまった。
わたしと電話をするのがそんなに嬉しいのか、夏樹は。
だけど状況的におもしろくもないし、
このタイミングで嬉しそうにするなんて不謹慎だし、軽薄よ。
わたしはいま、緊張の糸がサイコーに張り詰めていて
「鳥海先輩の家に電話したの?」
恐れ
「あ、うん。したよ……」夏樹の声から元気が消えた。なんだかイヤな予感がする。
わたしはじりじりしながら夏樹からのつづきを待った。時間にして、たぶん約五秒くらい。
待っているのがジレッたいというより、
あまりにもドキドキしすぎてアクションをおこさないと心臓がもちそうになかったから、わたしは先を
「──で、どうだった?」
「うん、
夏樹が冗談めかした軽い口ぶりで云っているけど、
わたしの脳内はすでにめまぐるしい大騒ぎの大混乱状態になっていた。
「わたしと話しがしたいって、どういうことなんだろう! わたしと話しをしたがってるってこと? それって、どういう意味なんだろう!」
わたしは
同時に、脳のたいはんをつかって心の準備のためのイメージトレーニングを瞬時に繰り広げる。
漠然とするこれからの事と流れを頭のなかで早送りに想像する。
するといろんな未来ルートのイメージが展開された。
これって、カオス理論って云ったっけ? バタフライ・エフェクトとか、なんちゃら。──ああ、いまはそんな理論どうでもいい。
余計なことを考えて逃げちゃダメ。
真面目に現実と向き合わなきゃ。
わたしはフーと息を吐いた。
とにかくわたしは誠心誠意をつくすのみ。──鳥海先輩、お願い。わたしに力をかして。
「涼の
夏樹はわたしを落ち着かせようと思ったのか、なごやかな
「悪いような、感じではない……」わたしはヒヤヒヤと復唱して夏樹にさらなる情報をさいそくした。
会う事前に、いろんな情報を知っておきたい。心の準備のために。
「……夏樹は、家族の人と、どんな話しをしたの? だれと話したの? ていうか会ったの? それとも電話で?」
もうなにがなんだかわからない大混乱よ。
お願いだから少しでもいいから教えてちょうだい!
「電話で、涼のお母さんと話した。それからお父さんとも」夏樹が呆れたように半笑いで教えてくれた。「ほんと大丈夫だよ。紫穂、そんなにかんぐることないって。涼の家族は悪い人たちじゃない──むしろ友好的というか……正直なところ、ああいうやりとりになってオレも驚いてる」
「ああいうやりとりって、なに? どんなやりとりをしたの」
「ん~。話すと長くなるかな」なに、その思わせぶりな云いかた。
「長くなるほどの、じっくり話をしたの?」わたしはあきらめずに
「まあ、したけど……そんな、ほんと大丈夫だって! オレもいっしょに行くし」
夏樹の思いがけないつけたしにわたしはさらに動揺した。
「え! 夏樹もいっしょに?」
「そうだけど……オレ、いっしょに行かないほうがいい?」すこしスネたような云いかたに、わたしは慌てた。
「あっ違うの! まさか、夏樹がいっしょに来てくれるとは思ってなかったから──ビックリしただけ」
「紫穂が一人のほうがいいんなら、オレは行かないけど……でも送りは必要でしょ? ──だって紫穂は、涼の家の場所を知らないんだから。
それとも誰かから、もう聞いちゃった?」
そう訊かれて、わたしの口と思考はまごついた。
脳裏によぎったのは、
霊園で親切にしてくれた管理人さんの無防備な行動と、
パソコンの画面の上段に見えた鳥海先輩の家の住所。
かりに、車のナビにあの住所を入力すれば、なんの問題もなくすんなり鳥海先輩の家にたどりつけるはず。
ただひとつ引っかかりがあるとすれば、それはわたしが〝鳥海先輩の家の場所〟というより〝住所〟を知っているってこと──それも、〝正規〟の方法で知ったわけじゃなくて、人の親切の隙をついた〝ズル〟で知りえた情報。
こんなのって、やっぱりよくない。
「ううん──だれからも〝鳥海先輩の家の場所〟は教えてもらってない」
わたしは自分の〝目ざとさ〟と管理人さんの〝ぬるさ〟をかばった。
それに、この云いかたならべつにウソにはならないし……あぁ、でも、認めよう。
わたしのやっていることは、間違いなくストーカー行為だ。
ただ実行に移していないってだけで、わたしには──嬉しくもないことに──その素質がある。
正気を失いつつあるわたしがストーカーにならずにすんでいるのはひとえに、
夏樹や辻井がわたしに助け舟を出して協力してくれているおかげにすぎない。
「じゃあ、案内する人は必要でしょ。いっしょに行くよ」
夏樹の声の調子がみょうに優しく、まるで天からの救いのように聞こえたのは、きっとわたしが自分自身に罪悪感と嫌悪感をいだいてるせい。
「ありがとう。ほんと、感謝してる」わたしは
「紫穂、大丈夫?」夏樹はわたしの異変に気づいたみたい。体調を気遣うように訊いてきた。「涼の家に行くのは、やっぱりよしたほうがいいんじゃないか?」
「ううん、大丈夫。行くよ」わたしは頬にこぼれてきた涙をぬぐって声に張りをもたせるのを意識しながら話しを詰めていった。「お邪魔するのは、いつがいいんだろう。やっぱり週末かな? 今週末じゃさすがに
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