Be prepared to be led ⑨


 夏樹は、真相をつきとめたと云うけれど、

それなら家族の人も真相を知っているのよね。……そうよね、もちろん、そうに決まってる。


それでわたしがおうちにとって邪魔な存在になるということは、なにを意味してる?


──なんのために命をかけたか? ──知らないほうがわたしの身のためだと夏樹はそう云うけれど、その意味は?


鳥海先輩の最期を想うたびに必ずフラッシュバックするわたしの記憶との繋がりのせい?


わたしが必要以上に感じている恐れと罪の意識もぜんぶ、繋がりがあるんじゃないの?


 心のなかで問答して、そうに違いないと確信した。

お姉ちゃんと話していたときと同じように、ストンとふに落ちるなにかを感じる。


──ただし、いまこの感情に爽快感はまったくない。

やりきれない重みと絶望に、ひとしおのかなしさでいっぱい。


 〝まさか〟そう思っていたけど、そのまさかだったのよ。

……よくよく考えてみれば、わかることじゃない。


ずっと鳥海先輩から逃げてばっかりいたから、ここまでわずらわせてしまったけど……。バカね、わたし。


 傷つくのは底無しに怖いけど、でも鳥海先輩の痛みにくらべたら? 鳥海先輩の家族の人がかかえている重みにくらべたら? ──わたしはちっぽけで、愚かな人間ね。


 家族の人に会って、謝らないと……。

ぜんぶわかったつもりではない──わたしなんかがはかれるほどのことじゃない──けど、謝らないと。


 わたしはなかば内面空虚の状態で夏樹に協力をお願いした。


「わたしが鳥海先輩のいえにお邪魔するのは──かなりきびしいと思うけど、でも、わたしは行かなきゃならない。だから夏樹、お願い。なんとかなるように協力して……お願いします」


わたしはせまい車のなかで、できうる限り頭をさげた。

さげた頭は、夏樹からの答えを聞くまであげないつもり。


 時が流れていくのを感じる。

夏樹がはなつ雰囲気──心の葛藤からうまれるさまざまな色合いの変化──も感じる。


わたしは頭をさげたままジッと待って〝これだ〟という色合いを探して、見つけた。


夏樹の、前に進もうとする意気込みの雰囲気。

わたしは夏樹のその気持ちと自分の気持ちとを繋いだ。


一人だとぶれてしまいそうな気持ちでも、

ふたりで繋いだおなじ気持ちならぶれにくい。


「──わかった」夏樹が観念したように応えた。


わたしはさげていた頭を慎重にゆっくりあげて、夏樹の表情を確かめた。──夏樹が、苦笑くしょうしてる。はじめて会った日の夜をおもいださせるような笑顔。


 これでわたしは確信した。まず間違いなく、わたしは鳥海先輩のおうちに行けるだろう。


そう遠くない日に、わたしは鳥海先輩のお家に行って、家族の人と話しをする。


 そのあとのそれ以上のことは、いまは考えないようにしよう。

わたしが余計なことを考えたせいで、せっかく繋がったふたりの気持ちがぶれたらいけないから。


 それからの夏樹との時間は、比較的なごやかに進んでいった。


 はじめて夏樹と出会った日にはしなかったスマホの番号交換もした。


「オレが涼の家に電話して話してみて……まずはまあ、そこからか」


〝気が遠くなるなあ〟と云いたげに、夏樹はぼやくように云った。


 わたしは、夏樹の気苦労きぐろうのたえない──むしろ悪化しているかもしれない──さまに悪いなあと思いつつも、

夏樹の協力なしではどうにもならないような気がするから、はげました。──茶目っ気を効かせて。


「御苦労をおかけしてしまって、ほんと申し訳ないですね」


 夏樹がハンと鼻で笑った。「ほんとだよ。……だけど、話せる場をつくったら、今度は最後まで逃げるなよ」


強い口調で云われて、わたしは苦笑くしょうらしきものをひかえめに顔にはりつけた。


 夏樹がおどし口調になるのも、いたしかたのないことよ。

わたしには前科があるし。


……もしかしたら、ここまでくると逃げ癖になっているのかもしれない。


そう考えて、自分の考えを訂正する。──だとしても、もう逃げないけどね、と。


 夏樹がコンビニまで送ってくれて、別れぎわに「電話するよ」と云われた。

わたしはすこし考えて、「うん、待ってる」と短い返事をして、慌ててつけたした。「帰りの運転、気をつけてね!」


 夏樹は唇だけを笑みの形にして、意味深にわたしの目を見つめた。「紫穂もな」


他にもなにか云いたそうだったけど、夏樹はそれ以上を口にしそうもなかったから、わたしはスカイウェイから降りた。

──二リットルの水はこのままここに置いて行く。


 夏樹は車の窓からたらしていた手を流すように一度だけふり、夜の色の濃い夕暮れのなかに車を走らせて行った。


 わたしは自分の車に乗り込むまえに霊園の方角……とくに、鳥海先輩のお墓があるあたりを見つめて想いをせた。


 あなたの家族と、わたしはちゃんと話せるかしら?


……お願いだからそばに居て、ちゃんとわたしを支えてね。

じゃないと、くじけちゃいそうだから。


〝いるよ、そばに。──おまえがイヤがらなければ〟


風に吹かれて返ってきた手応えのイヤミさに、わたしは眉を寄せてうつむいた。


 わたしが落ちこむのは筋違いなのかもしれない──けどやっぱり、落ちこまずにはいられない。


わたしにもいろんな想いと事情があったけど、逃げだしたのはわたしだ……。


 なにより、わたしは鳥海先輩を傷つけた。


 それなのに鳥海先輩に〝そばに居て〟と、わがままを云ってとおして、そばに居てもらおうとする。


鳥海先輩の魂を、わたしに縛り付けて、成仏させないようにしている。──鳥海先輩がことわらないのを知っているから。


 わたしは鳥海先輩なしじゃ、生きていられない。生きていけない。



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