Be prepared to be led ⑦


 夏樹は、わたしの泣きごとに耳をかたむけているだけで、なにも云い返してきてくれない。


ほんとは云いたいことがたくさんあるはずなのに、

どれから伝えたらいいのか、わからないんだ。きっと。


 夏樹は、わたしとはじめて会ったときから……ううん、もしかしたら、それよりもずっと前から、わたしの影を追いつづけていたのかもしれない。


わたしが鳥海先輩の影を追うように。


だけどわたしは夏樹にむなしさ以外なにもあげられない。

ふたりが今よりも苦しむだけになる。


 握りしめている水のペットボトルをジッと見つめながら、

胸につかえている重みをすこしずつけずって口から流し出すように、

──訊いてはならない、だけど訊かなくてはならない〝わたしたちの真実〟を──夏樹に問いかける。


「──夏樹は、わたしが知らなくてもいいことがあるって、さっきそう云ったよね? 夏樹は、つきとめたの? 鳥海先輩の死の真相を」


あてずっぽうだけど、確信をもって訊いた。

夏樹がまた唇にこぶしを強く押しつけて、クリクリしているはずの目をキツく細めて前をすがめ見た。


 このままだんまりをとおそうか、

云いのがれるすべがあるのかを吟味ぎんみしているみたい。


 でも夏樹だってもうわかっているはずなのよ。

わたしたちがもう引き返せないところまできてしまっているって。

……わたしは、このジレンマに夏樹を引きずり込んで道連れにしてしまっているのかもしれない。


 辛抱強しんぼうづよく待っていると、夏樹がついに口をわった。


「つきとめたよ」


 待望の──待ち望んでいた応えなのに、わたしの心臓が大きく動揺した。


──つきとめた。つきとめたんだ。

鳥海先輩がなぜ事故にあって命をおとし、

なぜその人生をおわらせて死にいたらしめられたのかを、

夏樹は、すべてをつきとめて知ったんだ。


 わたしの手が震えだした。

ペットボトルの水がチャプチャプと音をたててる。……怖い。

真実を知るのが怖い。


 わたしは震えてしまう手をペットボトルごと足に押しつけた。震えがとまらない。


 夏樹ははじめ、震えるわたしをチラチラ見ているだけだったけど、見かねたのか、片手をわたしの震える手にかさねてきた。


「あいつの事故の真相は、オレの口からじゃ……とてもじゃないけど云えない……云えないんだ、ごめん」重苦しい口調でわたしに告げる。


わたしの冷たい鼓動が急加速していく。


どうして、どこかでだれかに、おなじような台詞セリフを云われた。

わたしは過去、だれにそう云われた?


 記憶をさぐるまでもなく、すぐに中学二年生のときの記憶が鮮明にうかんだ。……辻井だ。


 わたしは、辻井におなじようなことを云われたんだ。

〝オレの口からじゃ云えない〟

〝鳥海先輩の気持ちを考えたら云えない〟と……。


 わたしは生唾なまつばをごくりと飲みくだして、震えてしまいそうな声を懸命に絞り出した。


「わたし、いま夏樹が云ったことと、おなじような内容の台詞を云われたことがある」


かさねられた手を透かし見るように茫然と云って、うつろになっているであろう目を夏樹に向ける。


夏樹と目が合った。車が赤信号で停まってる。


わたしは夏樹に懇願した。泣き落しとかじゃなく、真剣に。


「中学生のときに云われたの。──どうしてみんな、自分の口からわたしに話してくれないの? 〝オレの口からじゃ云えない〟って、そう云うけど、教えてくれなきゃわたしにはぜんぜん知るすべがない。……ねえ、お願いだから教えてよ。お願い──」


 うしろから大きなクラクション音が耳をつんざいた。

わたしは驚いて肩がビクリとあがった。


一瞬、事故が起こってしまったのかと、あわてて周りを見まわしたけど、夏樹がすぐに状況を教えてくれた。


「青信号になったからだよ。はやく行けっ! だってさ」夏樹が苦茶を飲んだように顔をしかめた。「ったく、なにをそんなにいそいでいるのかね」


ぶつくさ云いながらウインカーを出して、車を左折させようとする。

わたしは咄嗟とっさに思った。──夏樹とせっかく目が合ったのに、こののがしたくない! と。


 わたしは離れていく夏樹の手を自分の手に押さえつけて引きとめた。

目を合わせて話さないと、どれほどの想いをかかえているのかが伝わらないじゃない。


「夏樹、お願い。……話してくれないのなら、せめて鳥海先輩のおうちの場所を教えて」


夏樹の目が進行方向に向いてしまう前に、早口でまくしたてるようにお願いした。


うしろの車がまたクラクションを鳴らしてせっついてくる。

わたしはイライラしだしてうしろの車を睨みつけた。


けど、夏樹が車を進めたからケンカ腰の後続車との距離がみるみる離れていく。


後続車の運転手は睨みをかせながら

──「バーカ!」と、がなっているのが口の動きでわかる。ていうより、むしろそう見せつけたくてわざわざわかるように口を動かしてる──

さらにいやみったらしく無駄にエンジンをふかして、急加速で走り去っていった。


 夏樹はバックミラーをチラリと見るとちいさなため息をついて、のほほんと口をすべらせた。


「……こうしてゆっくりドライブしていると、いかにどれほどの人間がいそいでせわしなくしているのかが、よくわかるよな。……紫穂も肩の力を抜いて、のんびりしたほうがいい」


わたしは、夏樹がはぐらかしにかかっていると思った。


「そうやってけっきょく、わたしにはなんにも教えてくれないつもりなの? 知らなくていいだとか云って、わたしには知ることも許されないの? こんなに鳥海先輩を求めているのに? そんなの……ひどいじゃない」


最後のほうで、ついに声が震えだしてしまった。



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