Be prepared to be led ⑥
わたしは両手で、口と鼻をおおって体内の二酸化酸素濃度を、自力で調節するのをこころみた。
それから、ぐちゃぐちゃに
どうして、会うのがこれで二回目の人からこんなことを云われなくちゃならないの? それも長い月日と年月があいだにはいってるっていうのに、どうして──。
夏樹が人の弱みにつけこんでいるようには見えない。
それにいくら今のわたしがまともな思考を持ち合わせていないっていっても、
夏樹がそんな人じゃないっていうのくらいわかる。わかってるよ。
……でもだからって、なにがどうなるわけじゃない。
行きついた答えに、
わたしの心と体が落ちつきを取り戻しつつある。
呼吸がまともにできるようになってきた。
視界のはしでは、夏樹が唇を噛んで、
その口元を隠すように、窓枠にもたせかけている手を唇にあててトントンしてる。
おまけに、はぁーあ、という長ったらしいため息までついてきた。
「だからって、いつまでもこのままでいいわけがないだろう」
夏樹が歯の隙間から声をだすように云って、わたしを叱りつけてきた。
夏樹は長い時間をかけて、いったいどこまで調べあげたんだろう。
さっきからいろいろと知っているふうな口ぶりだし。
わたしと鳥海先輩との関係に、わたしの過去から今現在の私生活にいたるまで。
……夏樹は
そのストイックさはサッカーのフィールド内だけにしておいてよ。
「そんなの、わたしだってわかってるよ」わたしはぶっきらぼうに返した。「だからこうして夏樹と話しをしているんじゃない」
ここでわたしは深呼吸をした。
呼吸に意識を全集中させないと、まともに息も吸えないなんて、ほんとに、みじめすぎる。
わたしたちを追い越していく車と、対向車を八つ当たりに睨みつける。
人生を前へ進むのに、こんなに勇気がいるだなんて知らなかった。
心臓が冷たく鼓動をうってくる。あの時といっしょだ。緊張してすごく息苦しい。
わたしはペットボトルの水に手をつけて、買物袋にはいってる水の二本のうち一本を夏樹のホルダーにいれてあげた。
「え……なぁんだ、普通サイズのも買ってくれてたんだ」
夏樹は不機嫌ながらも平静に
わたしも平静につき合えるようにならなくちゃ。
「まあ……ね。二リットルは、運転中にはむかないもんね。……事故られたら困るし」
自分の
夏樹の眉間にも
わたしたちのあいだでは〝事故る〟という言葉が
「……わたしは、夏樹を殺さないよ。死んでほしくもない」
夏樹の顔を見もせず、消えいりそうな声で
「じゃあさ、オレはどうしたらいいんだよ?」夏樹が喉をつかえさせる声で、なげくようにつぶやいた。「もう一人はいやなんだ……紫穂の影をずっと追いつづけるのも──」
不自然なところで言葉が途切れた。──まるで泣くのをこらえているように。
だけどわたしにどうしろと? なぐさめなんかいらないでしょう?
「夏樹がほしがっているものはわかるの。でもそれはわたしから夏樹にあげられない。──夏樹もわかっているんでしょう? わたしの心も──愛そのものも──ぜんぶ鳥海先輩に繋がってる」
目には見えない鳥海先輩との深い繋がりを感じる。
──
同時に、夏樹を深く傷つけているのも感じる。重みをかかえている胸がさらに苦しくなった。
「──おまえに出会わなければよかった」
夏樹が苦しまぎれに吐き捨てるように云った。……心あたりのある
〝出会わなければよかった〟
この言葉が胸に突き刺さり、さらに心の重みをえぐる。
わたしは両手で口をおおって泣き声が出ないように自分を抑えた。
「わたしもおなじことを思ったときがある……鳥海先輩に出逢わなきゃよかったって。──でも鳥海先輩を知ってからだともう遅かった。
出逢えなかったことのほうが寂しく感じるの。……だから、出逢えてよかったって思ってる。たとえ
……でも、ときどき〝出逢わなきゃよかった〟って思うの。……その、繰り返し」
──鳥海先輩に出逢わなきゃよかった。
そうすれば、わたしはほんとうの愛を知らずにいられたのに。
それなのに愛の
孤独の埋め合わせに、だれかとベッドをともにすごした夜もある。
しわくちゃになったベッドで寝息をたてる人と、わたし一人だけが眠れない夜をすごすたび、心が叫び声をあげて痛感する。
一人でかかえる孤独よりも、だれかといっしょにいる時に感じる孤独のほうがどんなにつらいか……て。
それでもかかえる孤独の
そして何度も鳥海先輩の笑顔が脳裏に
だからわたしは孤独の埋め合わせをするのをやめた。
より、孤独になるだけだから。
より鳥海先輩を求めてしまうだけだから。
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