Be prepared to be led ⑤


 わたしなりに、ワードローブからそこそこ見られる服を選んで着てみたものの、

このスカイウェイに同乗するには、つりあいがとれていない。


 ここでわたしは気づいた。

夏樹は間違いなく、総合的にこのスカイウェイをプロデュースしているんだ。


運転している自分もスカイウェイの一部で、

この車の採点評価に影響をおよぼすのをよく心得こころえている。これは絶対にわたしの勘違いなんかじゃない。


 横断歩道から、親近感たっぷりに手をふってくる歩行者に──それも大学生らしき男女混合の集団よ──夏樹は愛想あいそよく手を振りかえしている。

まるでいつもの流れだといった具合で。


その大学生たちが、スカイウェイの助手席に座るダークネスなわたしを見つけて、なにごとかをヒソヒソ耳打ちしあってる。


わたし、赤信号で停まっているのをいいことに、このまま車から降りたい。あとは歩いて帰りたい。


 夏樹がスカイウェイのラジオのチャンネルをいじくりだした。


「なにか物足りないって思ったら、音楽が抜けてたんだな……ごめん」


「べつに謝るほどのことじゃないでしょ……」


音楽なんかより、スカイウェイに乗るのが、どれだけ目立つものなのかを事前に告知してくれなかったほうを謝ってほしい。と、心のなかでぼやく。


「お、エリー・ゴールデ〇ング!」夏樹がラジオから流れてくる曲にはしゃいだ。


「ラッキーだな。オレ、このアーティスト好きなんだよ。紫穂は知ってる? エリー・ゴールデ〇ング。この人、ほんとにいいよな」


 わたしが知っているのを前提で話を進めていることと、

どさくさまぎれに、あっさりわたしを呼び捨てにしたのには、つっこまずにそっとしておいてあげよう。

違和感もなかったし。


 それよりも夏樹がエリー・ゴールデ〇ングに対しても自分のことのように自慢してくる姿に同情するというか、なんというか……やれやれだと思った。


「知ってるよ、もちろん。わたしもこの人好きだよ。最近だと、テイラー・スウ〇フトも好き」と夏樹の調子に合わせる。


「あ、それオレも聞いてる」夏樹が嬉しそうに笑った。


 信号が青になって──赤信号待ちの時間がこんなにジレッたく長く感じたのは、はじめてだわ──やっとスカイウェイが走りはじめた。


窓の外の景色といえば、追い越し車線を走る車ばかり。

視覚に味気あじけがなくなるとおのずと聴覚がえてくるのか、ラジオの曲がやけに耳につく。


曲はエリー・ゴールデ〇ングの〝S〇mething In the Way You Move〟だった。


……どうして、よりによって、このタイミングでこの曲がラジオから流れてくるのよ。


わたしはチラリと夏樹を盗み見た。

夏樹もわたしを見ていたのか、視線をサッと前に戻された。……なんなのよ。


「この曲の歌詞の意味わかる?」


夏樹が駄目押しに訊いてきた。

わたしはそっぽを向いてあじもなく応えた。


「わかる。夏樹は……わかるの?」


「わかるよ」夏樹がなんだか意味ありげに重い声色こわねで云いきった。


 へぇ、そうなんだ、わかるんだ。なら、やっぱり良くない状況ね。


 英語のおもしろさは、イントネーションや受け止めかたで言葉の意味や色合いに変化がうまれるってこと。


もっともいまこの状況だとそんな英語がかえって裏目にでてしまって、おもしろくもなんともないんだけど。


「オレ、殺されてもいいよ」夏樹が前を向いたままボソッと云った。


わたしは眉をひそめて〝信じられない〟という目で夏樹を見た。


「それ……どういう意味で、なにを意味しているのかを知っていて、そのうえで云っているの?」


怒りが爆発しないように注意しながら、ゆっくり慎重に云って、夏樹の真意を確かめる。


夏樹が口を開いて息を吸い込んだのを見て、わたしはあわててさらにつけたした。


「さきに注意しておくけど、わたしは鳥海先輩をこの世からうしなって──」


事実を口にしたら胸が重くしめつけられた。…──苦しい。わたしは、夏樹を睨みつけながら言葉をなんとかしぼり出してつむいだ。


「──心底絶望しているんだからね。そんなわたしに、めったなことは云わないで。わたし、おこるかもしれない」最後にきつく忠告する。


 夏樹が苦渋する顔でチラチラとわたしを見ると、ハンドルを強くにぎりなおした。


「紫穂を好きになって、それで殺されたとしても、そこまで強く愛されるんだったら、オレは殺されてもいい……いや、いっそもう殺してほしいかもしれない……」


「夏樹! 口をつつしみなさい!」


わたしは命令口調で激しく怒った。つぎに夏樹にあびせる怒り文句を云おうとしても、唇がわなないでうまくしゃべれない。涙がかってにあふれてくる。


「そんな云いかたしないで……お願いだから」怒りたかったのに弱々しい口調になってしまう自分がなさけない。


 涙にうもれて世界がはっきり見えない。

わたしはずっと手探てさぐりの生きかたをしてきて、いまもそのままなのに、これ以上なにかあったら、わたしはつまずいたままでもう二度と立ち上がれなくなってしまう。


「紫穂は、鳥海の……りょうの死を乗り越えないと幸せになれないと思う。

……涼とおなじで、オレにできることは限られているかもしれないけど、命懸けで想いをつらぬきとおしたいと、思える人だよ、紫穂は。──紫穂に幸せになってもらいたい。

すくなくとも、今よりかは。……ほっとけないんだよ」


 夏樹の深い気持ちは理解したつもりだけど、わたしの癇癪玉かんしゃくだまはそこまでお利口ではなくて、爆発した。


「わたしのことはほっといてよ! お願いだから! そっとしておいて……! 乗り越えないと得られない幸せなら──わたし、そんな幸せなんかいらない!


夏樹にわたしの気持ちがわかる? わからないでしょう? わたしには鳥海先輩が必要なの! だれがなんと云おうと、わたしには鳥海先輩なんだから!


──乗り越える? ハッ! バカ云わないでちょうだい! わたしはね、乗り越えたくもないの! 鳥海先輩の魂にずっとよりそっていきたいんだからっ!」


 云いきって、自分の乱れ切っている呼吸に気づいた。

──いけない、このままじゃ過呼吸になる!


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