Be prepared to be led ④


 タバコを吸いおわって、わたしたちはスカイウェイに乗り込んだ。


そのときに、わたしはつい左ハンドルのほうへまわり込んでしまって、夏樹に笑われた。


わたしはここぞのお返しとばかりに、二リットルの水を夏樹にあげた。


「なんだよこれ! でかくねぇか? なんで二リットルなんかにしたんだよ、飲みずらっ!」


思惑通りの反応に、わたしは高らかに笑った。イタズラ大成功だ。


大盤振おおばんぶいしたの」笑いながらおおげさに云う。


 夏樹はあきれ顔の笑みをうかべてコンビニのほうを見た。なにか言葉を探しているみたい。


「こんなことに大盤振る舞いを使わないで、もっと違うところで使ってよ」


 本音らしい本音がでてきて、わたしはますます楽しくなった。


「もっと違うところって、たとえば、どんな?」ひきつづき、意地悪な訊きかたをする。夏樹が言葉につまった。


「……そうだな」眉を寄せて、なんとか言葉をひねりだそうとしてる。そして、チラチラとわたしを盗み見るように見た。「……いや、やっぱいいや」


これ以上は訊いてくれるなという具合に、

ふてくされて云うと、夏樹はギアチェンジをしてスカイウェイを動かした。


わたしはクスクスと誤魔化し笑って──夏樹の揺れる想いが、わたしの勘違いでありますように! と願いながら──窓から見える景色に想いをせた。


 スカイウェイが走る窓から見える夕陽が堕ちていく。夜が、もうすぐそこまで来ている。


街灯がちらほらとまばらに点灯してきた。夏樹も車のライトを点灯させる。


「よく、鳥海のお墓の場所がわかったな」夏樹が前を向いたまま、重い口調で口火を切った。


「うん……同期生が、教えてくれたの」


「そっか……それって、なんて名前のやつ?」

この質問に、わたしは眉を寄せた。


「〝だれから聞いたか〟なんて、重要なの?」


「重要だね」夏樹は頭をゆすって強く断言した。「オレの耳にも届いたんだ。紫穂ちゃんが鳥海のお墓の場所と家を知りたがってるって」


「なによそれっ!」わたしは気が動転して声をはりあげた。「なんで……」訊きかけて、

辻井やお姉ちゃんに自分が頼んだことを思い出した。


わたしが頼んだから、みんなが動いて調べてくれて、こんなことになっちゃったんじゃないの?


「ああ……もう!」わたしはうつむいて頭をかかえるどころか、こぶしで頭を叩いた。


「え! ちょっと、おい! やめろよ!」夏樹がスピードをゆるめて心配してきた。


「自分をそんなふうに叩くもんじゃないだろう! もっと自分を大切にしろよな、おまえは、幸せにならなきゃいけない存在なんだから」


「だれが決めたのよ?」わたしはケンカ腰に訊いた。「そんなの、だれが決めたの? 幸せにならなきゃいけない〝存在〟だなんて、そんなの、だれが決めたのよ!」


 夏樹がむずかしそうな、しかつめらしい横顔をして前を見据みすえる。


「──べつに、だれがどう決めたってわけじゃない。

でも、おまえと鳥海の関係を知っているやつは、みんなおなじことを思ってるよ。おまえが……紫穂ちゃんは幸せになるべきだって!」


 夏樹の口ぶりに、わたしは絶望をいだいた。


「わたしはね、そうやって人の噂話のたねになるのがイヤだったの! ──いったいどんな噂が飛びっていたのよ! どんなふうにわたしと鳥海先輩の関係を云っていたの!」


自分でも、すごい剣幕で夏樹を問い詰めてるなと思ったけど、もうとまらない。


「……悪いようには、云ってない」夏樹がほぞむように、歯をくいしばりながら云った。「ただ、紫穂ちゃんが知らないほうがいいこともあったから……だから、鳥海のお墓の場所を教えたやつが、どこまで紫穂ちゃんに話したのかが気になって──」


ここで夏樹は話しを切った。

だからなのか、わたしはピーンときた。


「わたしの同期生に圧力をかけて口止めをしたのは、夏樹ね?」


わたしは夏樹をジッと睨んだ。

夏樹は前の道路を睨んだままだ。


「だったら、なんだよ……オレを殴るのかよ」


開き直った云いかたと、わたしの過去まで知っているような口ぶりに、

腹立たしさをとおりこして、いっそ清々すがすがしい気分になった。


「好きなだけ殴れよ。車を停めるから」覚悟をきめたように夏樹は云って、スピードをみるみるゆるめていく。


「ああそう」わたしは眉をあげてシレッと云った。「それじゃあ、ボコボコに殴らせてもらいますよ、」夏樹がギョッとしてわたしを見る。


「だから、車は停めないほうが、夏樹の身のためってもんよ」わたしはぶすくれて云った。「それから、〝ちゃん〟呼びもしないでくれる? わたしのことは、呼び捨てでいいから」


「……もう〝ちゃん〟のとしでもないもんな。オレも、違和感があったんだ」


夏樹の白状にわたしは逆上して、夏樹の腕を拳で殴って肩パンをした。


「イッテ! なんだよ、けっきょく殴るのかよ! ──ちくしょうっ! いってぇ!」


 わたしは夏樹の泣きごとに耳をかさず、鼻をふんと鳴らした。

車のライトに照らされた道の、前に走る車の尾灯テールランプをジッと睨む。


 夏樹が黙々もくもくと運転をして、スカイウェイが大きな国道にはいった。

追い越し車線を走らず、普通走行車線をのんびり走ってる。


赤信号でつかまってスカイウェイが先頭で停まったとき、

横断歩道をわたる歩行者や、隣りの車の運転手がすっごくジロジロ見てきた。

みえみえの好奇心と興味本位まるだしで。


そりゃそうよね。この車ってば目立つもの。


夏樹はもともと服装ファッションもおしゃれだから、見られてもべつにかまいやしないんだろうけど、わたしは違うのよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る