I could never let you go ④
救急車の大音量のサイレンがとまると、つづけてストレッチャーの金属音がして、
数分後、看護師さんがわたしのところにきて、
「神崎さん、点滴おわった?」素早く点滴袋を手して確認する。「──まだか。でも、あとすこしね。ごめんね、起き上がれる? ここの部屋、べつの患者さんが使うことになっちゃったから、移動してもらいたいんだけど」
矢継ぎ早に云いながら、布団をはがされた。
わたしは起き上がるとベッドの足のほうにあるガードルスタンドを
「あら、慣れてるみたいで助かるわ」看護師さんが点滴パックをスタンドに付け替えた。「待合室で座っててね」
早口でうながされ、わたしは云われたとおりに待合室に移動した。
目はもうまわっていない。吐き気もおさまってる。点滴をするほんのちょっと前の具合の悪さがウソのよう。
元気になると、待っているあいだの時間が長く感じるのね。
わたしはガランとする待合室を眺めて、壁掛け時計に目をとめた。
学校の教室にあるのと同じような時計だ。
時計は午後二時をまわったところ。──病院って、一種のタイムマシンみたいよね。時間があっというまに過ぎていく。わたしが病院についたのは朝の午前中のうちだったはずなのに。
それにしても、元気になるとどうやら、タイムマシンの搭乗券は
待っているあいだに読書でもしようかなと、病院の本棚を見探す。……ふと、見たことのある顔を──むしろ忘れることのほうが難しい顔を──見つけた。
わたしが中学二年生のときの担任の先生の顔そのものだ。それが、すぐそこに座っている。
ぽっちゃり……というか、もうデブってると形容するほうがふさわしい。
ギッシュなメタボ体系はそのままに、丸顔に
ボテッとしたタラコ唇に、細い切れ長の目。
鼻から伸びるほうれい線が、細いヒゲのようで……それらが絶妙に合わさってナマズの顔に瓜二つの顔。
この世にこんな顔をしている人は他にいない。……血の繋がった親戚以外は。
えーと、先生の名前はたしか……大熊先生! そう、大熊先生! ナマズなのに、なぜか熊なの! わたしは昔を思い出してクックックと忍び笑いをした。
でも、大熊先生にしてはちょっと若すぎるかも。
だって当時とぜんぜん変わらない、そのまんまの顔をしているんだもの。
わたしだけが
わたしは非難がましい視線でジロジロと大熊先生を見つめて観察した。
そもそもあのバーコードヘアーの髪の量に変化が見られないなんて、どういうことなのよ。
あれから十年以上の時が経過しているってゆうのに。
ふつうなら、ツルツルになっているはずでしょう? おかしいなあ。それに、顔のハリツヤもいい。
いやいや、まさかの他人の
大熊先生似の人が、わたしからの視線にもうたえられませんっていう具合に、そっぽを向いた。──あ、逃げられる。どうしよう、思いきって声をかけてみようかなあ。でも違ったらイヤだなぁ~。
ここで、わたしはここが病院であることを思いだした。
あの大熊先生にそっくりな人は待合室で待っているんだ。この待合室で。
ということは、診察待ちかお会計待ちに違いない。
となれば、名前を呼ばれるぞ──。
わたしはウキウキ、ソワソワしながらその時を待った。診察室のドアが引き開いて、看護師さんが声をはりあげた。
「大熊さーん、大熊
──キタこれーっ! わたしは胸中で叫んでバンザーイをした。
間違いない。あの人は大熊先生だ!
ニヤついてしかたのない唇に力をいれて、なんとか普通の表情をしようとしたけれど、どういうわけか表情筋がいうことをきかず、
大熊先生がわたしの前を通過するから、とりあえず笑ってしまう顔を下にふせて隠した。
「神崎さーん」出し抜けに、看護師さんから自分の名前も呼ばれてちょっとビックリして顔をあげた。「あら、なにかいいことがあったの? 楽しそうな顔をしちゃって」
わたしはジェスチャーで〝シー!〟とやった。
看護師さんはなにかを感づいたのか、振り返って、のそのそ歩く大熊先生の背中を見つめる。
「なんだかよくわからないけど」小首をひねってわたしに向き直る。「点滴をはずしますからね」
「え! もうですか!」わたしが驚くと、看護師さんは点滴パックを指差した。
「もう終わってますよ。ほんとはもっと早くにはずさなくちゃならなかったんだけど、ごめんね。バタバタしちゃって、忘れてたわ」
看護師さんは
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