I could never let you go ②


「──また、来るね」わたしはつぶやいて鳥海先輩のお墓をあとにした。


 家に帰ってきて、鏡をみて、自分がひどい顔をしているなと思った。

思い詰めた、青白いやつれ顔をしたわたし。


 これだけは云える。

鳥海先輩は、こんなわたしを望んではいない。


 人生に満足して、ニコニコ笑顔でいろとも思ってないだろうけど、こんなサイテーな状態のわたしは望んでいないはず。


……前を向いて生きていきたいのは、わたしも同じなんだけどね。だってね、どうしてあなたは死んでしまったの?


 あなたの命日には、家族のだれかが来てくれてる? 毎年、寂しい想いはしていない? お兄さんは結婚した? 甥っ子か姪っ子は産まれた? あなたは生きていたら……おじんね。わたしはおばさんになったよ。


 明日からは、気持ちを入れ替えるように頑張るよ。笑顔になれるように頑張る。


楽しみをみつけるのにはとしをかさねすぎたから、やっぱり、やり残しのないように、やりたいことをするよ。どうにかして、鳥海先輩のことを残すよ。


 これだけは云わせて。今は寂しい想いをしているかもしれないけど、みんな鳥海先輩を大好きだった。


あなたは、みんなから愛されていた。あなたがいないなんて、わたしはやっぱり寂しいよ。


でもって、こんなサイテーな誕生日は、はじめてだからね! Thank you!


 ***


 次の日の昼間、わたしは病院の診療台にぐったり寝そべって、点滴をしてもらっていた。


昨日の夜、さあ寝ようと思ったら、文字どおりめまぐるしく具合が悪くなってしまったのだ。


 目がまわって吐き気はすごいし、走ってもいないのに呼吸と心拍もすごい。あぁ、いよいよヤバイなと思った。


指先の震えとか、痙攣。左足先のしびれ。

おかげで眠れなくて──そうじゃなくても眠れないのに──今朝はすごい寝不足を自覚した。


朝から目がグルグルまわって車の運転が危ないから、仕事も休んだ。というか、休んで正解。


今日の体調はずっとやばかった。……点滴をして、すこしはらくになってきたけれど。


 わたしを担当した女医さんが慎重に云った言葉が頭に残ってる。


「こういうことって……その、症状なんですが、今回がはじめてですか? 身内や親族で〝くも膜下出血〟か〝脳梗塞〟をしているかたはいますか?」


 わたしの応えはYesだった。父方の親戚はみな、脳のなにがしかの病気で死んでいる。すると女医さんは力なくほほえんでカルテに目をおとした。


「今日は点滴だけでようすをみますね。極度の疲れやストレスが原因かもしれなし……精密検査にもなると、医療費がけっこうな額になってしまうんですよ。


それに、うちに置いてある機材じゃたりないんです。

必要となれば紹介状を用意しますから、もっと大きな病院に行ったほうがいいと思いますよ。……紹介状、用意しましょうか?」


 わたしはことわった。「いえ、疲れているだけかもしれないです。心あたりがあるんです。今日は点滴だけで、先生の云うとおり、ようすを見ることにします」


 女医さんは困り顔の笑みをうかべてわたしに視線をもどした。


「……そうですか。あまり無理はなさらずに、なにかへんだなと思ったらまたすぐに来てください」


きっとこの患者はまたすぐにここへ来るだろうと思っているような口ぶりに聞こえた。


わたしは力なく笑って「はい」とだけ応えて、女医さんとのやりとりをしまいにした。先生と話すのも億劫おっくうだった。はやく点滴をして、らくにしてほしかった。


 看護師さんが車椅子でわたしを診察台まで運んでくれて、点滴針を射し、腕時計を見ながら点滴液の落ちる早さを調節してる。


それから天井あたりをしきりに気にして顔を上げ下げしていると、突然声をあげた。


「あら、この部屋、なんか暑いと思ったらエアコンの空調が切れてるじゃない。ちょっと待っててね、すぐに空調をいれてもらうから」


パタパタとあわただしく裏へまわって行く。病院は、走っちゃいけないんですよと心の中でつっこんだ。


 透明な点滴液がくだを通ってわたしの血管にはいってきた。

わたしの右手をぐるりと一周いっしゅうつめたくすると、冷気をびたまま体中をジワジワとやしてくる。


──さ、寒い! 空調なんていらない!


 ひとりでガタガタこごえて看護師さんが来るのを待った。だけど、五分たっても彼女は戻ってこない。


いや、ほんとに寒いんですけど……。


ナースコールを使おうか悩んだけれど、寒いってだけで呼びつけてビックリさせてしまうのも悪いから、おとなしく待つことにした。


 二十分くらい過ぎたであろうころに、看護師さんが戻ってきた。


「あのねぇ、ここの部屋は今日はもう使わないだろうからって、空調をきってしまったんですって。スイッチのいれかたがわかる人がいないから、このままになっちゃうんだけど──ごめんね。でも今日はそれほど暑くはないから平気よね? この室内温度なら、熱中症にならないと思うんだけど……」


「──あの、寒いです」わたしは看護師さんのよくわからない云いぶんをさえぎった。「せっかく気をつかってくれて申し訳ないんですけど、すずしくしてくれなくていいです。むしろあったかくして下さい」


「え? 寒いの?」


看護師さんがわたしのおでこに手をのせて、それから首筋を左右順番にさわった。


 わたしは違うとうったえた。


「熱じゃないと思います。そのう……点滴がつめたくて、体をやしてるんだと思うんですけど」


じっさいそうなのだけれど、点滴のせいで寒くなるという患者がほかにいるのか知らないし、そんな話しはこれまで聞いたこともない。


わたしだけが過敏かびんに感じてしまっているだけなのかも。

看護師さんもこんなことを云われたのが始めてなのか、いぶかしげに点滴袋を揉みこんだ。



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