You're so close yet so far away ⑨


 管理室の中はエアコンのなごりが残っていて、まだわりかし涼しかった。


それでもおじさんがエアコンの空調のスイッチを入れた、耳に馴染むピッという音が聞こえた。


わたしは見慣れない霊園の管理室内をこっそり観察している。


部屋の中は、殺風景ながらも、すごしやすいように工夫がされていて、

本物の観葉植物が置いてあるし、二人掛けの鼠色ねずみいろのソファにはクッションが──しかもピンクベースのキルトのパッチワークのクッションが──ふたつ置かれてある。


 部屋に入ってすぐにまたカウンターがあって、わたしはそこを〝境界線〟として自分の身の置き場にした。


そしてすかさずカウンターに車の免許証を置く。わたしに〝よこしまな心〟はありませんよ、とアピールがしたいがために。


「それで、どこのだれさんのお墓の場所を探しているんだっけ?」


おじさんがカウンターの右前に置いてあるパソコンの電源をいれながら云った。


さっきから鳥海と何度も云っているのに……そう思ったけど、思っただけにしておいた。


それに、パソコンの画面がこっちを向いていて、表示されるものがぜんぶ丸見えなのよね。


窓の外からなら完全な死角になるけど、わたしが立つ内側のこのカウンターからだと、もろ見えてしまっているのよ? ……あのう、個人情報保護法は?


このおじさんは人がよすぎて、油断をしまくると、こうもゆるゆるになってしまうの?


つっこみどころが満載だったけど、わたしはみずか自粛じしゅくしてパソコンの画面から顔をそむけた。


「あ、そうそう。忘れないうちに免許証のコピーをらせてね。ほら、なにかあったらいけないから」出し抜けのようにおじさんが云ってきた。「なにもなければ、コピーは半年くらいでシュレッダーにかけるから。悪用はしないから、心配はしないで」


苦笑して頭の後ろをきながら、なんだか申し訳なさそうに云った。むりを云っているのはわたしのほうなのに……。


「えっと……これが免許証です」わたしはすでに用意して置いた免許証を差し出した。


 おじさんが免許証の顔写真とわたしとを見比べる。そしてなんだかふざけた感じに笑った。


「はい。たしかにご本人様を確認しました」


……なによ。写真うつりが違うとでも云いたいの? ……よく云われるけど……。


 おじさんは要領ようりょうよくパソコンが起動するまでのあいだにコピーを撮って、免許証を返してくれた。


わたしもおじさんを見習って要領よく、くさないうちにしっかりケースにしまって、バッグの内ポケットに戻す。


 おじさんが頭のてっぺんをガシガシ掻きながらパソコンの前の椅子に座った。


「えーっと、何度も同じことを訊いてごめんね。どこのだれさんのお墓を探しているんだっけ?」


「姫ノ宮市の鳥海です。住所はたぶん……」


わたしは云いながら、お姉ちゃんと電話で話した内容をおもいだした。


鳥海先輩のうちはたしか、わたしが一人暮らしをしていた近くなのよね。


「姫ノ宮市米崎町の一丁目か二丁目のはずです」


 おじさんが「うーん」とうなりながらキーボードとカタカタとうっている。わたしは気がいで、おじさんの作業に口をはさんだ。


「わたしの予想だと、その住所で検索に引っかかる鳥海がひとつしかないと思うんですけど……」


「えっと……鳥海、なにさん?」


おじさんが眼鏡をかけなおして振り向いて訊いてきた。

わたしは鳥海先輩の下の名前がわからないと、さっきから云っているのに……。


「あの……わたし、鳥海さんの下の名前がわからないんです」


イライラしてきたのがおじさんに伝わらないように、そして自分が下手に出なきゃいけない身であるのを忘れないように、そっと優しく云った。


 おじさんは眉の寄せた顔をパソコンの画面に戻して腕を組んだ。


「うーん。この住所だと女の人と、男の人の名前があるんだよね……」


……え? 女の人の名前? うそでしょう……。鳥海家では、もう一人が死んでしまっているの?


 え……まさか、お母さんが? ううん! きっと違う! 年齢的な順番でいったら、お母さんじゃなくてお婆ちゃんのほうよ、きっと……。

だから男の人の年齢がわたしと同じくらいで、女の人の年齢が離れてさえいなれば、鳥海先輩を特定するのに、なんのこっちゃもないはずなのよ。


「男の人のほうです」わたしは断言した。「命日が6/12のはずなんですけど……」


そこまでの情報がパソコンに表示されているのか心配になって、思わず画面を見てしまった。──うっわ! 命日が出てる。──っていうか、住所、住所っ! 住所までもが載ってるよ! 見えちゃってるし、見ちゃった!


おじさん、不用心すぎ! ていうか、自分が眼鏡だからって、他の人も目が悪いと思ったら大間違いよ? わたし、視力いいんだからね? このあいだの健康診断では、視力が1.5もあったんだから。


これがスパイ映画とか、わたしがほんとうのストーカーなら、両手をあげて大喜びするところだけど、おじさん、ほんとにちょっと気をつけてよ。


「──でもさ、下の名前がわからないとさだかじゃないよね?」


おじさんが振り返ったから、わたしは見てしまった画面情報を素知そしらぬふりして、おじさんと目を合わせた。

表情を取りつくろおうと、むだに唇を笑みの形にしならせたりして。……なんでわたしがこんな小賢こざかしい芝居しばいをしなくちゃならないのよ。


それに住所と苗字、性別に命日が合致しているんだから、もうそれ鳥海先輩に確定じゃないの。

おじさんはなにをそんなに引っかかっているのよ。……ひょっとして、ボケてきちゃったりしていて。


 わたしは息を浅くついて、かなり心がけて下手に出た。


「あのう……名前に住所、性別に命日が同じなら、わたしが探している人に間違いないと思うんですけど……」


「えっとねえ、小百合さゆりさん? それともりょうさん?」


えぇ? ──ん? 鳥海先輩って、下の名前が涼っていうの? ……え、なんかちょっと、意外なんですけど。……涼。涼ねえ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る