You're so close yet so far away ⑧


 ここでわたしがへんなことを云ったら、この人はたちまち鍵を掛け直してしまう!


 せっかくお墓の場所を探そうとしてくれていたのに、わたしがへんなことを口走ったらが最後。


この人はわたしを不審者扱いにして、場所を教えるなんていう親切行為をやめてしまう! でも、駆け引きなんて愚行ぐこうもできないと、わたしは咄嗟とっさにおじさんの空気を読み取った。


この人は、人のそういう狡賢ずるがしこさをぎわけられる人だ。──だから、素直に……素直に……。素直にならなければ。


わたしはまたもや自分に云い聞かせて、頭であれこれ考えるのをやめにして、思いつくままを口にした。


「鳥海先輩の、下の名前が──どうしてもおもいだせないんです。大切な人なのに、どうしても……憶いだせない」


云ってて、涙があふれてきた。

わたしって、ほんとに鳥海先輩のことをなんにも知らないのね。


 こらえきれない涙が目からこぼれ落ちて、わたしはおじさんから目線をそらした。


わたしは、自分が泣いているところを他人ひとに見られるのがイヤなの。


自分が弱っている姿を他人にわざわざ見せて教えるなんて、そんなのは自殺行為にほかならないじゃない。生きていくうえで、そんなのわたしにはありえない。──でも、ここで強がりをしてもなんの意味もない。そんな気がする。


 わたしは、涙に濡れて泳いでしまう視線をどうにかしようと、薄暗い管理室の奥で光っている電気コントロールパネルの明かりを睨んで、落ち着きのない目を縛りつけた。


「えぇっと……下の名前がわからないんじゃあ……探しようがないじゃない」


視界のはしで、おじさんがドアノブから手をおろすのが見えた。


わたしは目をギュッととじて、窓の正面に向きなおって、両のこぶしをカウンターについて、うつむいた。


「え……と、あなたは、お墓にはいっている人の親戚かなにかなの?」


おじさんは、そうであってほしいようにうかがってきた。でも、ウソをついちゃいけない──そうなんでしょう? わたしも、鳥海先輩のことでウソをつきたくない。


「違うんです。親戚じゃないんです。……知り合いなだけなんです」


口にして、わたしはいよいよ本格的に泣いてしまった。

おじさんが残念そうに肩をおとしたけど、一番残念なのはこのわたしよ! ──なによっ! どうせわたしは鳥海先輩と知り合い程度ですよ! なんにも知りませんよ! 


それなのに、こんなにも心をわしづかみされているなんてっ! なんってあわれなの! これこそ救いようのない魂じゃない! ほんっと、やんなっちゃうっ!


 心のなかで怨みがましく鳥海先輩にあてこするように大声でなげいた。


「知り合いって、どうゆう知り合いなの?」


おじさんがそわついた感じに体を左右にゆらして訊いてきた。


「鳥海先輩は、わたしとおなじ中学の、わたしのいっこ上の先輩で、わたしは後輩です……だから、わたしと鳥海先輩は、先輩後輩の仲なんです」


わたしは弱々しく応えた。だって、これしか云いようがないじゃない。

説明のしようがない現実に直面して、わたしはかなしくもむなしい気持ちになった。


たんなる先輩後輩の仲なのに、こんなに取乱とりみだしているなんて、へんよね。おじさんにはきっと、わたしが奇異きいに見えているに違いない。


「あの……住んでいる地域と名前だけとじゃ、お墓の場所はわからないんですか?」


もうわたしは自棄やけになって訊いてみた。

インターネットでコンピューター管理をしているこのご時世じせいで、

名前とある程度の住所を入力すれば検索ヒットすることも承知しょうちしているうえで。


 だからこれでことわられようものなら、望みは無いってことなのよ。


 おじさんは困り果てたように眉をよせて、両手をそわそわとズボンのポケットにつっこんだ。


「そりゃ、わかるけどもさ……いまは個人情報保護法があるから、教えてあげたくても、そうはいかないんだよ、わかるでしょ?」


「……わかります。わたしも、企業コンプライアンスに厳しい会社で働いていますから……でも──」──そこをなんとか! と云いたかったけど、云えなかった。


この人の立場を考えたら、云えない。

事がおおやけになったら──おおやけになる事もないと思うけど──、この人は職を失うどころか、刑罰けいばつしょされてしまうかもしれないから。


 わたしは唇を噛んで、泣き声が外にもれないようにした。

カウンターについてるこぶしが震えて、肩までガクガクしている。泣くのをこらえている顎がぷるぷると震えてる。わたしって、ほんとにどうしょうもない。


「あなた、車の免許証もってる? 本人確認がとれるやつ」


おじさんがため息まじりに云って、わたしはハッと顔をあげた。


「はい! 持っています! 車の免許証、持っていますっ!」云い終わる前に、わたしは肩にかけていたバッグの内ポケットから運転免許証を出していた。それをケースから出しておじさんに差し出す。


おじさんは免許証を流し見ると、ポケットから出した手で管理室のドアを開けた。──やった! 調べてくれるんだ!


 わたしはカウンターの前で、厳重に施錠された窓が開くのを待った。


「あれ?」中にはいったおじさんが、半歩さがって顔だけをまた外に出してきた。「あなたも中に入ってよ。外は暑いし、だれが会話を聞いているのかわからないんだから」


「え……いいんですか?」と云いつつ、周りを見まわす。

もし聞き耳を立てているとすれば、それはほかならぬフワフワと浮遊ふゆうしている透明な方々でいらっしゃるはずだろう。


「いいんだよ、入って。オレも外だと暑くてイヤだから」


おじさんがきゅうに気さくな感じになった。

たぶんだけど、おじさんは根負こんまけして開き直っているんだ。わたしの胸が、なんて云ったらいいのかわからないほどの感謝の高潮たかしおに溢れかえった。


「…──ありがとうございます……!」べそをかきながら、ありふれた言葉しか云えなかった。


「いいから、いいから。早く中に入って!」


おじさんにかされて、わたしはずうずうしくも管理室の中に足を踏み入れた。……おじさんの気が変わられてもこまるし。


「し、失礼します……」こんなに緊張してドアをくぐるなんて、こんなのって仕事の面接のときいらい。



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