You're so close yet so far away ⑦


 施設につくと、管理室の窓には、ひし形の格子のさくが──スライド式のおりみたいなやつが──かけられてしまっていた。


わたしの心がいっきに不安でいっぱいになった。さらに視界がぼやけてきて、この不安感に拍車をかけてくる。


 わたしがこの霊園についたとき、まっさきにこの窓を流し見たけど、そのときはまだ、ここの窓にはこんな柵はかけられていなかったはずなのに。


 それなのに、こんな短時間で閉まってしまったというの?


あらぐ呼吸をおさえて、自分に〝落ち着きなさい〟と、云い聞かせた。


ここが短時間で閉まってしまったのなら、まだ中に人が残っているかもしれない。窓口だけをとりあえず閉めて、奥で着替えているか、談笑をしているかもしれない。


 わたしはせまい格子の隙間から窓の奥のようすをうかがった。

管理室の中は薄暗くて──電気コントロールパネルのちいさなライトが、赤と緑の明かりをいくつもチカチカさせているだけで──、人のいる気配がない。


「──うそでしょうっ! 管理人さん、もう、帰っちゃったのっ! ああ……もう、よしてよ……」


わたしは思わずひとりごちに叫びなげいて、花切りばさみや線香なんかが置いてあるカウンターに肘をついてつっぷした。


「なにか、ようなの?」背後から声をかけられた。優しい感じのおじさんの声。きっとさっきのおじさんだ。


 わたしはだるい上半身をのそりと起こして声のほうへ振り返った。……やっぱり、さっきのおじさんだった。


 おじさんはになじんだ客商売用の笑みを顔にはりつけているけれど、

その笑顔の下は、わたしを心配して居ても立っても居られないと、気をもんでいるのが目に見えてわかるほどの苦笑くしょうっぷりだ。


 この作業着を着た、人の良さげなおじさんは、ここの霊園を管理している人から依頼を受けている庭師だか植木職人さんなのかもしれない。


霊園に植えてある植木を見栄みばえ良く綺麗にする仕事をしている人。

それなら、この人は管理人さんと連絡が通じるかもしれない。

わたしはダメもとでこの人に相談をもちかけた。


「……あの、わたし──」ここで、なんて云おう? なんて説明しよう? と、まごついた。


 わたしは、なんて云ったらいいの? ──わからない。どうしよう。ここに来てから、わたしの直感と頭がにぶくなってる。思考もおぼつかない。


 おじさんが眼鏡めがねの奥からひたしみやすいくりくりしたまなこで、わたしをしげしげと観察しながらジッと動かずに、わたしからの続きの言葉を待っている。


 わたしはここにいたるまでのあいだで〝なにが一番大切か?〟を思い出した。


〝自分に素直になること〟それが一番大切なことなんじゃなかったの? わたしは意をけっして想いを伝えることにした。


「知り合いの……お墓の場所を探しているんですけど……」


知り合いという言葉に、胸がズキリと痛んだ。……そうよ。わたしと鳥海先輩の間柄あいだがらなんて、世間ではしょせん〝知り合い〟程度ていどにしかすぎないのよ……!


 わたしはかすむ目にかかるよう、おでこに手をあててうつむいた。

くやしくて、片方の手がカウンターにげんこつをしそうになって、寸前でハッとげんこつをとめた。


人のいいおじさんの手前もあって、かなりばつが悪い。わたしはゴニョゴニョと気まずく会話を続けた。


「──お墓の場所が見つからなくて……困ってるんです。こんなに広いとは思わなくて……あの、わたし、友達からここの霊園の場所だけを聞いてお墓参りにきちゃったんですけど……肝心かんじんのお墓の場所がどうしても見つからなくて……」


お墓参りに来たと云っておきながら、自分が花の一本も持っていない手ぶらなことに、ことさらのばつの悪さを感じる。


「……わたし、どうしたらいいんでしょうか? どうしてもお墓参りをしなくちゃならないのに、これじゃあ、なんにもできない。──どうしよう、お墓が見つからない……」


ひとりごとのようにうめいて、細めた目で広い霊園を見渡した。


おじさんに云ったわたしの云いぶんは、自分でもよくわからないなぁと思った。だけど、これがわたしの精一杯。

隠し事なんかいっさい無い、素直なわたしの心の声なの。だからお願い、おじさん。どうかわたしを助けて。


 霊園からおじさんに視線をもどすと、おじさんの目がわたしとげんこつとを往復して見ている。……あぁ、もう、わたしって、ほんとにバカよね。なにやってんのよ……。


 わたしはげんこつにしていた手を足のももになすりつけて服をさすった。

おじさんは目のやり場に困ったのか、見かねたのかはわからないけど、気まずそうに口を開いた。


「だれさんのお墓参りに来たの?」


「え?」だれさんのって……。どこのだれさんかがわかれば、お墓の場所がわかるような口ぶりじゃない。


 戸惑っているわたしを見て、おじさんは頭のうしろをきながら苦笑くしょうをますます深くさせた。


「いやあ、どこのだれさんかがわかれば、お墓の場所なんてすぐにわかるんだけどね……」


なんだか照れくさそうに云いながら、もう片方の手をズボンのポケットにいれてチャンチャンと軽い金属をはずませる音を鳴らせた。


──え、これって、鍵の束が重なり合う音じゃない? ──え? この人って、ここの管理人さんなの?


「──姫ノ宮市の鳥海です!」わかったが早いか、わたしはすがりつくように口早に云った。「あ! 姫ノ宮市だけじゃわからないか──あの、姫ノ宮市の米崎町の鳥海です!」


とどめに、鳥海先輩の下の名前を云おうとしたけど、云えなかった。……どうしても鳥海先輩の下の名前がおもいだせない。


わたしは、鳥海先輩の下の名前も知っているはずなのに、どうしてだか憶いだせないの。


 こんなことになるんなら意地いじをはらずに、辻井に鳥海先輩の下の名前を訊いておけばよかった。


 わたしが目まぐるしくクヨクヨしていると、おじさんは困りながらポケットから鍵の束を取り出して、管理室のドアの施錠を解いた。


「苗字だけを云われてもねぇ……下の名前がわからないと、どこのだれだかわからないじゃない」


おじさんは管理室のドアノブをひねったところで、ふと動きをとめた。横目で、胡散臭うさんくさそうにわたしを見てる。


「……下の名前、わからないの?」問い詰められている気がしてわたしは焦った。



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