You're so close yet so far away ⑥


 管理センターを素通りしたのは、自分の直感にうぬぼれていたからだ。


今日のわたしはえてる。


もしかしたら、直感が鳥海先輩のお墓まで道案内をしてくれるかもしれない。そうおごっていた。


だけど、〝死〟の静謐せいひつ静寂せいじゃくを守っている霊園のなかに足を踏み入れたとたん、わたしのかんが働かなくなった。


まるで勘をつかうのがタブーであるかのように、わたしの感覚の力が消えた。そう、ロウソクの火を吹き消されたかのように、力が消えたのを感じた。きよらかな結界にはいったかのよう。……これって、なんなの?


 わたしは戸惑いつつも足はとめず、通路を歩き進んでいった。


お墓の墓石の裏にある卒塔婆そとばが風に吹かれてカタカタと不気味な音をたてている。……ここに来たのが、日中で良かったと、早い時間に行動をした自分に心から感謝をし、見渡せるだけの墓前をぐるり一周いっしゅう流し見た。


 花がおそなえされている墓前がほとんどだ。やっぱり、祝日はお墓参りに来る人が多いんだ。

といっても、そなえられたせっかくのお花はこの日照ひでりにたえられず、むなしくしおれ、こうべをたれている。──鳥海先輩のお墓はどこ? だれか、来ている? お花が目印めじるしになってくれれば、目立って目につきやすいんだけど……。


ここでわたしは不安になった。


 もし、だれも来ていなかったら?


お葬式では華々しく見送られていても、ここまで時間が経過してしまっては、だれも来てくれていないんじゃないの? 家族の人は来てる? 長い時間、ひとりで寂しくしていたらどうしよう……。


 西日の日照りにめまいがして、わたしは通路脇のベンチにへたりこんだ。霊園には日陰ひかげが少ない。体調のすぐれない人にはつらいものがある。


 ベンチにバッグを置いて、息をついたところで気づいた。

わたしの動悸が激しくなってる。息をするのもしんどくて、心臓の脈打つ鼓動さえも息苦しく感じる。鼓動をつめばつむほど息苦しくなる。


 朦朧もうろうとしてブラックアウトしかかっている視界で、目につく墓前をひとつひとつ睨むように見た。


 いま流行はやりのキラキラネームよろしく、〝愛〟だの〝和〟だのと彫っている墓前がやたらと目立つ。わたしはハアーと思いっきりため息をついた。


鳥海先輩のお墓は、きっとこんなキラキラネームなんかじゃない。

わたしはもう一度、霊園を見渡した。──なんて広大で、広すぎる霊園なんだろう。直径二キロ以上はありそうだ。


 数限りなく立つ墓前はまぶしい西日を反射させて、キラキラまぶしすぎる光りをわたしの目にチクチクしてくる。


 めまいがどんどん酷くなる。倒れそう。ベンチに横になりたいと思ったところで、うしろから視線を感じて、わたしはそぉーと振り向いた。


初老の母親とその息子だろうか。お墓にお花をけようとしているところで、わたしを不信感たっぷりな目で見ている。……おばけじゃなくて、よかった。


わたしはうんざりとため息をついた。


 そして不審者であることを誤魔化すように、バッグの中からタバコをまさぐり出して、一服いっぷくをした。

ベンチの脇にはちょうど灰皿もあることだし、これで動悸も少しはおさまるといいんだけど。


 タバコの煙を吐きだしながら思った。……ダメね、むり。わたしひとりじゃ、鳥海先輩のお墓は見つけられない。たとえ〝鳥海〟と彫られたお墓を見つけても、それが鳥海先輩のお墓だとはかぎらない。それこそ鳥海さん違いになってしまう。


 わたしはタバコを吸いおえて、よろよろと立ちあがった。──立ちくらみがする。このまま倒れてしまいそう。


わたしはベンチに手をあてて目をとじ、立ちくらみが治まるのを待った。


 乱れている呼吸を意識的に深呼吸をして、なんとかまともな呼吸にする。心臓がバクバクして、頭をしめつけてくる。……日差ひざしがつらい。


 わたしはUターンをして、よろよろともと来た道を戻り、管理センターに向かった。途中で、グレーがかった黄緑色の作業着を着たおじさんと目が合った。駐車場にとまっていた白の軽トラは、この人のね。で、もう一台の車がさっきの人たちの……。


無意識に、そんなどうでもいい情報ことに思いをめぐらせながら、よろけて転ばないように歩いて行く。


「……熱中症になっちゃった?」


作業着の眼鏡をかけたおじさんが、墓石の並びの向こうから気安い感じに声をかけてきた。


とおりすがりなだけのわたしを心配してくれるなんて、この人はきっととっても親切で優しいかたなのね。……でもって、おじさんはいいなあ、元気そうで。わたしには言葉をはっして会話ができるほどのゆとりがないもの。


 わたしは良心的なおじさんに精一杯のお愛想笑あいそわらいだけをむけた。


管理センターまで、あと十五メートルくらい。

そこまで、なんとか頑張らないと。


 施設の手前に、霊園の手桶とひしゃく置き場と、それから水場があった。……そうだった、そうよね。こういうところには必ず、こういう場所があったんだった。


 水場の冷たい水に触れば、気分がすこしは良くなるかも。


 ほんとは冷たい水を頭からかぶりたいところなんだけど、出先だとそうもいかない。


しかたないから、水道の栓をひねって両手だけをゆすぐことにする。


 はじめは暑さでぬるかった水が、じきに冷水になってきた。あぁ、気持ちいい……。着ている服は半そでなことだし、ひじまでたっぷり濡らしてしまおう。


 西陽にしび火照ほてった両腕を冷却しているうちに、めまいが少しらくになってきたような気がする。


 わたしは水道の栓をしめてから、ためしに前かがみになっている背筋を伸ばして、ゆっくり息をついてみた。


重く感じる体はままならないし、呼吸も苦しくておまけに頭がズキズキと痛むけれど、視界は暗くならない。──うん、これなら気絶からはまぬがれそう。


大丈夫、わたしはこのままいけるわ。

また具合がピークに悪くなる前に、管理人さんと話しをしなくちゃ。


わたしはくらむ目をすがめさせ、焦点を合わせて慎重にあゆみを進めた。



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