You're so close yet so far away ④

 夜が明けて、今日からゴールデンウィークにはいった。

わたしは祝日でも、あいもかわらずの出社。祝日出勤手当がでるから、まあ喜ばしいといえば喜ばしい。


 泣き明かした夜のつぎの日だけど、涙を拭わずに垂れ流していたおかげか、目はほとんど腫れていない。わたしはハイライトとチークをばっちりいれた〝おかめ〟の化粧をして出勤した。


 なにが不思議って、わたしの不調に家族はだれも気づかなかったのに、職場の人たちが異変に気づいて心配しまくってきているってことよ。


「ねえ、なんかきゅうに痩せたよねえ?」


気色きしょくの悪い化粧で誤魔化してるつもりかもしれないけど、バレバレだからね?」


「やつれたをとおりこしてるよ。……ほんとに大丈夫? 急激な体重の減少はがんか糖尿病かもしれないね。──神崎、時間を見つけたら病院に行ってこい。


つーか、病院に行く時間をつくれ! ──行かないんなら、あたしが引きずってでも連れて行くからね。わかった?」


姉御肌あねごはだの先輩にこう云われてしまって、わたしは思わず笑って事情をほんのり白状した。


「これは精神的なことからきてるっていうか……まあ、最近疲れているのよ、精神的に。吐き気もするから、あんまり食べられないし。……それに、寝不足なの。ここ……二週間くらい、ほとんどまともに眠れてないし。……でもまあ、そのうち、きっと良くなるよ」


云っていて、これほど説得力のない口上こうじょうはないなと自分でも思った。


良くなる自信もまったくない。──反面で、良くなってほしくもないと思った。

このままひどくなれば、わたしは死ねるかしら? なんだか死ねる気がするわ。

だからこのままでいいのよ。わたしはもう、死にたいの。

あなたのいない世界で生き延びるなんて、わたしには過酷かこくすぎる。


それに、死んだらまた逢えるかもしれないでしょう、あなたと。……はやくあなたに逢いたい。


「神崎、こんどみんなでランチにいこうよ!」


姉御肌の先輩が声高に云った。

わたしを心配して、なんとか元気づけようとしてくれているのが、ひしひしと伝わってくる。


「ランチじゃなくても、週末の休みに待ち合わせしてさ、たまにはカラオケとかにでも行こうよ!」


「でもわたし、あいにく食欲もお金もなくて」と、申し訳なさそうに苦笑くしょうしながら返した。「そんなに心配しなくても大丈夫だから。──ほんと大丈夫。でも、心配してくれてありがとう。


家族は心配もなにもなくて、わたしに元気がないってことにすら気づけてないぐらいだから……だから、すごく、嬉しいよ。──こんなことで嬉しがるなって感じだろうけど」


早口でゴニョゴニョにごしながら云った。


「神崎もう家出ちゃえよ」先輩がはっきり云った。「そんなのとずっといっしょに居る必要なんてないでしょ。さっさと家を出て、もっと大切にしてくれる人を見つけたほうがいいよ」


 先輩の、こういうところが好き。

頭の回転が速くて、ほんの少し話しただけなのに、少ない情報でいっきに答えまでいきついて、こっちの気持ちや事情までもをわかってくれる。

おまけに、竹を割ったような性格ときた。

(ちなみにこの人の血液型はAB型だ)


「わたしね、そういう人はもうあらわれないって思ってる」


……だって、その人はもう死んでしまっているんだもの。……わたしが、ないがしろにした。ないがしろにしてしまった。わたしには鳥海先輩だったのに……!


 涙がこぼれそうになって、わたしはあわてて笑みをうかべた。けどそれも、哀しげな笑みになってしまっているんだろうなと、自分でも自覚した。


それでも、顔つきを取り繕うことができない。ポーカーフェイスをやっている余裕は、もうとっくにない。


「それはわからないよ」先輩は意味深に云うと、ニヤリと悪い笑みをうかべた。「こんど飲み会しようよ。──あたしが男を紹介してあげる」


 わたしは降参こうさんして、まいったと笑いながら手をひらつかせた。──あ、わたし、笑った……。


「まあ、気がむいたらいつでも声かけて。あたしけっこう知り合い多いし、くっつけるの得意だから」


「はいはい」わたしは笑いながらたのもしい先輩をあしらって、仕事を開始した。


……わたしは盲目していたけど、まわりには感謝すべき人たちがたくさんいる。励ましてくれる人がいる。姉御肌の先輩もしかり。わたしは、じつは、たくさんの人たちに支えてもらっている。感謝しなきゃ。


…*…


 お昼すぎに、上司がついにわたしの前に来て「早退して病院に行きなさい」と業務命令というか、申しつけをめいじてきた。


病院が午後の診察をはじめる三時になると、わたしは強制的に退勤をさせられた。


 車に乗りこんで、シートベルトを締めようと、引っぱったところでハタリと思った。…──今日って、祝日だよね? 病院ってやってるの?


 わたしも、わたしの上司も、とんだおとぼけ者だ。まあでも、大きな総合病院だったらやってるか……。緊急外来とか。


でもわたしは緊急じゃないんだよね。そうだ、明日、病院に行かなかった云いわけにこれをつかおう。


 わたしは息をついて、深く考えないようにしていた辻井からのメッセージを開いた。



≪鳥海先輩の命日 6/12

静岡県 竜ヶ丘市 栄田、1207-1、竜ヶ丘霊園になります。≫



 現実。これが、現実なのよ。


 ……鳥海先輩。

 鳥海先輩は、そこにいるの? そこにいけば、逢える?

 逢えるわけ、ない……か。



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