ticktack ticktack ⑤


 泣いている声がもれてしまったら、わたしにそんなつもりがなくても、辻井に泣き落しとか、同情を誘導してしまうことになる。


そんな卑怯じみたまねはしたくない!


「え……そんなに?」

わたしの落胆ぶりをうかがい知って、辻井が動揺を隠せない声をあげた。

「……どうして、今さらそんなに鳥海先輩のお墓参りに行きたいのかはわからないけど、そうだなぁ~……横づたいに訊いてみれば、わかるとは思う」


 辻井が、わたしが沈んでいる理由を訊き出そうとはせずに、話しを進めてくれた──お姉ちゃんとはぜんぜん違って──。


わたしはおどろいた。──ひょっとしたら、ここが辻井のいいところなのかもしれない。


 辻井は、話し相手が──わたしが話したがらないことを、いちいち訊き出したりなんて、そんな無粋ぶすいなことはしない。


 本人がうち明けたいと、本気でそう思えばそのうち話してくれる──だからわざわざ訊き出す必要なんてない。


 辻井は、それをちゃんと心得こころえているのかもしれない。……びっくり。辻井がここまでできた人間だったとは知らなかった。……すごく、見なおした。


 わたしは泣いている息使いが辻井の耳に届かないように、スマホを顔からすこし離して、涙をぬぐった。


 わたしが泣いているのを知ってか知らずか、辻井は話しをつづけた。


「ウチらのいっこ上の先輩にいる、八千代やちよって人、知ってる?」


 なんだかちょっと得意げな感じに訊かれた。なにその八千代って人は、有名人なの?

その人を知っていると──知り合いだとすごいことなの? ……わたしには、その感覚がわからないなあ。


「八千代? うーん、ごめん。知らない」


いちおう申し訳なさそうに云ってから、赤ペンのキャップを抜いた。

開きっぱなしの日記帳 ①鳥海先輩のお墓の場所。に、赤のアンダーラインを引いて〝横づたい〟〝八千代〟と書きくわえる。


「あ~、知らないかぁ。オレ、その人とたまに連絡とってるから、その人に訊けば、たぶんわかると思うんだよなあ」


辻井がなんだか自信なさげに云うもんだから、わたしまでもが不安になってきた。

というか、わたしはこのところずっと不安のままでいるんだけど。


その八千代って人が、わたしたちとおんなじ姫中であるんなら、

この不安も多少はうすれるだろうし、そこまで心配する必要もないのかもしれないけど……。


「その八千代って人は、姫中の人なの?」と確かめてみる。


「いや、違うんだけど……」──え、違うの? それじゃあ不確かじゃない。


同じ中学校の人に訊いたほうが早いよ……そう考えたけど、中学のだれとも連絡をとっていないわたしが云えたことではないなと思って、云うのはやめた。


「でも当時、その八千代って人と鳥海先輩はけっこう仲良く遊んでいたから、わかるはずなんだよな」


 それは朗報だ! と、わたしはピーンときた。


「そっか……」わたしはひとりごとのようにつぶやいて、日記帳の文字を睨んだままペンまわしをした。「それならさ、その人は鳥海先輩の命日と、何月何日に事故に遭ったのかってこともわかるかな?」


「あ? ああ、それも、横づたいに訊けば……わかるとは思うけど」


わたしの質問に、辻井が尻込みをしていくのがわかった。……やっぱりここまで詳しく知りたがるなんて、不自然なんだ。


 こんなに時間がってしまったっていうのもあるし……どうしよう。

そう思いつつも、わたしは ②鳥海先輩の命日と、何月何日に事故に遭ってしまったのか。の項目に赤のアンダーラインを引いて、〝横づたい〟まで矢印をひっぱった。


 わたしと辻井の電話のあいだには沈黙がおりてる。

辻井は、わたしからの出かたを待っているんだ。わたしは意をけっして声をあげた。


「なんか、きゅうに連絡してきたかと思えば一方的な質問ばかりで、ごめんね……それなのに辻井は横づたいに訊くって云ってくれて、その優しさがすごく助かるとゆうか──ほんっと、感謝してる。──ありがとう」


「そんな……いいよ」辻井は優しく笑った。


「わたし、姫中の人とはだれひとりとして連絡をとっていなかったから、これからすこしのあいだ辻井だよりになっちゃうかもしれないけど、でも自分でできることがあれば、それは自分の力でちゃんとなんとかする」


わたしはここでいったん話しをきって、次の言葉に重みをくわえるために息を大きく吸った。


「その八千代って人に鳥海先輩のことを訊いてみて、でもそれがもしダメだったとしても──あきらめないで。……お願い。


わたし自分がすごくかってなことを云っているって、重々承知じゅうじゅうしょうちしてる。──でも必ず、他に知っている人がいるはずだから、だからお願いだから、あきらめないで。


わたし、どうしても知りたいの。鳥海先輩のお墓の場所とか……いえとか」


最後の〝家〟のところでボソッとなってしまった。


 わたしがやろうとしていることは、やっぱりストーカーっぽいのかもしれない。

なまじストーカーの被害に遭ってきたから、その感覚がなんとなくわかる。でももう引くに引けない。


というか、ここまできたらもう引きたくない。


わたしには時間がないのよ──だからって、なにをしても許されるわけではないけど。でもある程度のことだけは大目おおめに見てほしいのよ。


「なんか八鳥……真剣だね」辻井は静かな口調で云った。「鳥海先輩と、親しくしてたの? ……つき合ってた……とか?」


 そう訊かれて、わたしはおでこに手をあててうんざりと「はあ~」とため息をついた。


頭のなかの大半たいはんを〝彼女〟っていう存在がいっきに占領せんりょうしてる。……Shit!


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