ticktack ticktack ④
「仕事……終わったの? このまま電話しても大丈夫? ──あ、そんなに長電話をする予定じゃないというか……」
わたしは自分が〝時間の指定〟とか〝予定〟なんて言葉をつかって、さっきから事務的に話しをこなそうとしていることに気づいた。
こんなのってよくない。同期生と話すのに。
しかもわたしにとっては、とても大事な話しなのに。
いくら仕事モードで話しを進めたいからといっても、これじゃあ人間味にかける。もうすこし心をひらいて、くだけた話しかたをしよう。
……素直になるって、こんなにむずかしいのね。知らなかった。
「……長電話をするつもりはないの。……辻井もいそがしいだろうし、くだらない話しに──くだらないって云っても、わたしには全然くだらなくなんてなくて、むしろとっても大切というか、真剣な話しなんだけど……」
云ってて、自分でもなにがなんだかわからなくなってきた。「とにかく、辻井はいま、電話してて大丈夫なのね?」と、なんとかしめくくられた。
でもいまのやりとりは、この電話の序の口にすぎない。先が思いやられる。
わたしはこうしてテンパリつづけたままで電話がおわるのね。
なんとか少しでも冷静にならないと。と思ったけど、無駄な努力にすぎないなと自分の感情に訂正をくわえた。
「オレは……」辻井は云いながら、あたりをキョロキョロと見渡しているようだった。「まあ、大丈夫かな。ひと段落はしたし。三十分くらいなら話しができる」
軽快な口調のなかに、ほんのり疲れをにじませてる。
「辻井も、お疲れ様」
「ほんとはもっと早くに終わって、三時休憩がとれるはずだったのにさ」辻井は少ししょぼくれたように云った。「今日にかぎって予定外の仕事がはいっちゃって……」
しょぼくれたってたとえは違ったみたい。辻井はうんざりしているよう。
でも、三時ごろに電話しよと思ったわたしは、やっぱり正解だったのね。
「そっか……。予定外の仕事が増えてお疲れ様なところに、輪をかけて疲れるような電話をかけちゃって、申し訳ない。先に謝っとく、ごめんね」
「え、疲れるような話しなの? ──鳥海先輩の話しって聞いたけど……」
辻井はおどろきつつも、やっぱり優しい口調で云った。
あの
「……そうなの。鳥海先輩のことで、話しがあるんだけど」
わたしは一度言葉をくぎって──辻井が、電話のむこうで息をひそめる気配がした。
なにかに、身構えてる。
だからわたしは──あたりさわりのない質問からすることにした。
「──あのさ、辻井は、鳥海先輩のお墓の場所って、わかる?」と切り出してみる。
すると身構えていた辻井の気配がいっきに
「ああ、そのこと!」辻井は高く云った。「その事だったのね! あー、お墓かぁ……オレも行ってないんだよね。行かなきゃとは思ってたんだけど……」
……え、なんだろう、このへんな感じ。辻井は、どの事で、どの話しだと思っていたの?
さっきの走った緊張感もなに? なんだか、訊いたらいけない目に見えない空気が流れているけど、これはなに?
わたしは空気の読めないにぶい子を
ていうか、お墓に行ってないって、なに? あんなにお世話になってたはずなのに。
(まあ、わたしは
まだ一度もお墓に会いに行ってないなんて、そんなの寂しすぎる。
「辻井はとっくに、鳥海先輩のお墓参りに行ってると思ってた。……まだ、行ってなかったんだ……」
わたしの声色があきらかに寂しそうに気落ちした。
辻井は、行かなきゃと思っていたんなら、今年は行くべきよ。わたしが事をひっかきまわすどさくさにまぎれてでもいいから。
──ぎゃくに、辻井たちがお墓参りに行く計画をねって、わたしはその
だって、ずっと前に
(彼女──結婚の約束をしていたっていう彼女。その彼女の存在を思うと、わたしの心がとたんに重くなった。これは俗にいうジェラシーなんだろう。認めたくないけど、認めなきゃ。わたしは、その彼女にやきもちをやいてる。
いまになって……ううん、鳥海先輩には彼女がいたって話を聞いたときからずっとヤキモキしていた。
これだけの年数がたったいま、その彼女は鳥海先輩の存在も、その影も忘れて幸せにすごしているんだろうけど、わたしには、
ふたりの関係をあまり邪魔しちゃならないって、なぜかいまでもそう思ってしまうのよ)
「お墓の場所はわかってるんだよね?」
わたしは当然とばかりに訊いた。でも辻井はバツが悪そうに少し
「場所もね……じつはオレも知らないんだ。一回も行ったことないから」
「うそでしょう!」
わたしは感情をなるべくおさえるように云ったけど、大きなショックを受けているのがどこまで隠しとおせているのかわからない。
「辻井なら知ってると思って……すごく──あてにしていたのに……どうしよう」
どうしよう、この世の終わりだと、わたしは本気でそう思って泣きだしそうになった。
ここで泣いたらいけない。泣いたらいけないのよ! わたしはあいている手で口おおった。
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