ticktack ticktack ⑥


「わたしと鳥海先輩は、つき合ってなんかいない」悲しい現実を口にして、気分が沈んだ。「わたしと鳥海先輩はそんなつき合うとか……そういうありきたりな関係なんかじゃない」


かといって、〝じゃあ、どういう関係だったの?〟と、訊かれても困るんだけど。


(だれかこの関係をうまく言葉で表現して!)


 もういやだ。わたしたちの関係をはっきりさせて、暗闇の迷宮を彷徨さまようのから抜け出したい。


「そっか……」


なぜか辻井が落ちこんだ声であいづちをうってきた。どうして辻井が落ちこむのよ。でもよかった。わたしと鳥海先輩がどういう関係か具体的に訊かれなくて。


「……あのさ、八鳥って何型?」辻井が突然話題をぜんぜん違う方向にもっていった。


「──は? 何型って、血液型のこと? ──え! なんでこのタイミングで血液型の話しになるの?」


 戸惑うわたしをよそに、辻井はおもしろそうにつづけた。


「いやあ、なんとなく……さ」辻井のニヤついているのがわかる笑声えごえに、わたしはムッとなった。なにわたし、からかわれてるの?


「わたしは……A型だけど」と、胡散臭うさんくさげに応える。


「えー! A型か! なんだ、意外だな! ──うわ~、やられた~。オレの予想ってあんまりはずれないんだけどなあ~」


そんな飛び跳ねるようにおどろかれても。……なんなのよ。血液型で人の特徴や性格を判断するなんて、もう古いのよ?


「え……そんなにおどろくこと? ──じゃあ辻井は、わたしをなに型だと思ったの?」


なんだかんだ気になるから、訊いてみた。わたしって、なに型に思われていたんだろう。


「んー……O型」予想していたと云うわりに、すこし悩んだようすで辻井は云った。「……それか、B型かな。A型っていうのは、一番ないなと思ってた」おまけにボソッとつけくわえられた。……ほんとになんなの? ……なんか、失礼じゃない?


「そっか」と、わたしは気乗りしない話題にのった。「若いころは、たしかによく『BかO型でしょう?』って云われた。でも最近は『A型だよね』ってずばり当てられるよ」と云いつつ、ちょっと見栄をはりすぎたかな……と思った。


たしかいまの職場でA型だと云ったら、

わりとおどろかれることのほうが多かった気がする。──まあ要するに、血液型なんていうのは、その人を判断する材料にはたりていないってことなのよ。


「それで辻井は──」わたしは云いかけて、ちょっと待てよと思った。

この質問で辻井に勘違いをしてほしくない。……いや、わたしが心配するほど勘違いはしないんだろうけど、

いちおう念のため、前置きはしておこう。


「あのさ──血液型の話しをするときって、おきまりのパターンで、訊かれた相手に訊き返さなきゃいけないんでしょう?


なんかそれが日本人特有のコミュニケーションみたいで──温泉に行くと、なぜかピンポンが必ず置いてあるのといっしょで──だから訊くけど、辻井は、血液型なに型なの?」


わたしの可愛くない訊きかたに、辻井がムッとする気配を感じた。


「オレは……B型だけど」辻井はぼそりと云った。


「B型!」わたしは笑った。「辻井ってB型だったの! ──ああ、ぽいかも! たしかに辻井はBっぽい! あ、でもA型っぽいところもあるかなぁ。なんだか辻井は正直者っぽいし。──だから血液型なんてゆうのは、あんまり関係ないってことなんだよ」


 軽快に云いきったところで、鳥海先輩の血液型はなに型だろう? と思った。

たしかに、好きな人の血液型は気になるわ。というか鳥海先輩のことなら、なんでも知りたい。


「えぇ~、オレってもろB型っぽいって云われるけどな~」


辻井はあいかわらずとりとめのない話しをしている。さて、話しをどう戻そうかなぁ。


 わたしは日記帳のリスト一覧を見おろした。血液型の話しといい、やっぱりどうしても鳥海先輩の誕生日が気になる。……でも、訊けない。わたしにはそこまでの勇気がない。しかたないから、あの日の塾のことを訊いてみよう。


「あのさ、話しは変わるんだけど……」と、ちゃんと前振りをしておく。「わたしたちが中二ちゅうにのころの話しになるんだけど」


「うん」


「わたし、駅の近くにあった塾にかよっていたのね。そのとき、辻井たちがいっときその塾にたむろしていることがあったんだけど……覚えてる?」


慎重に、ゆっくりとさぐりをいれた。


「えぇー、あったかなぁ、そんなとき」


辻井はまったく記憶になさそうに云った。思いだす気も無さそう。

それじゃ困る! そう思ったとき、辻井が声をあげた。


「あー! 思いだした! たしかにそんなこともあったかもしれない!」


「ほんと!」わたしの声が嬉しさにトーンがあがった。「そのときわたし、相馬から呼びだされたんだけど──そのぉ……鳥海先輩が呼んでるから、おまえ行ってこいって。わたし、それも気になってて……辻井、このことでなにか覚えてることはない?」


なるべく意味深いみしんにならないように、軽めの世間話になるように心がけて訊いてみたけど、なんだか失敗しちゃったみたい。


さっきの血液型の話しをしていた辻井の明るい雰囲気がサッと消えたのがわかった。


「あのころってオレら……十四か十五でしょ?」辻井は声まで暗くして応えた。「たむろしてたか、通りがかったのかは忘れたけど、あそこに行ってたのは覚えてる。──だけど呼びだしたりとかは……覚えてないなぁ。オレら──ガキだったし」


──〝ガキだった〟ねぇ。うまい云いかたをするじゃない。

たしかにシンナーとかを吸うのは、ガキのすることよね。


「……そっか、覚えてないか。それならそれで、しょうがないんだ」わたしはこっそりため息を吐いた。「それならさ、そのあと学校でわたしをしかりつけたのは覚えてない?」わたしはあきらめ半分で訊いてみた。


「──え? オレが? 八鳥を叱りつけたの? なんて?」


辻井が〝ウソだろう?〟と、半笑いで訊いてきた。やっぱり、覚えてないか。……これだからジャン……うん、悪態あくたいをつくのはやめておこう。


記憶の池に小石を投げれば、さざ波だって思い出すかもしれないし。──当時の自分の台詞セリフを訊けば、心あたりがうまれて、それがきっかけでおもいだしてくれますように。


 わたしは学校の階段で辻井に云われたことを本人に云った。


「オレ、八鳥とそんなやりとりをしたんだ? ──ごめん、覚えてない」


辻井は、心底申し訳なさそうに云った。

わたしはダイニングテーブルにつっぷした。


手掛かりゼロ。もうダメだ……。



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