ticktack ticktack ②


…*…


 月曜日、いつもどおり出勤したわたしは、みんなからつぎつぎと心配された。


「なんか……元気がないけど、大丈夫? いつもの神崎かんざきさんらしくないけど……」


「顔色がすごく悪いけど、大丈夫なの?」


「どこか具合でも悪いの? 風邪?」


「はあ? ちげえ~よ。これは体のどっかが悪いんだよ。──神崎さん、医者に行きなよ。ぜってぇ~行ったほうがいいからね。──行きなよ!」


「ムリしって出勤してこないで、今日は休めばよかったのに……」


 朝、顔を合わせる人、すれ違う人全員に声をかけられた。

わたしはびっくりしたと同時に、嬉しかった。こんなふうに心配してくれるなんて、わたしは一人じゃないって思えるし、いままでの──学生時代の──孤独感がむくわれたよう。


 女子更衣室で制服に着替えて、さあ朝礼にでて仕事をするぞ! と、タイムカードを切ったところで、上司から声をかけられた。


「あ、神崎さん、タイムカードきっちゃった? あのさ、こう云うと、せっかくやる気があって出勤してきてくれたのに申し訳ないんだけど、


神崎さん、今日は帰ったほうがいいと思うんだ。本当に顔色が悪いし、見ているとね、いまにも倒れそうでこっちがハラハラして気が気じゃないんだよね……。


だから、お願いだから今日のところは早退してさ、おうちで休養するなり、どこか具合が悪いなら病院に行ってきてよ」


 上司がおなかの前で手をもみながら懇願するように云ってきて、そのうしろでは朝礼でひかえている職員たちそれぞれ全員が〝賛成〟と大きくうなずいている。


 わたし、そんなに具合が悪そうなの? おかしいな。今日は化粧をがんばって、誤魔化せたと思ったのに。……もっとチークを濃いめにのせればよかった。


「心配をかけてしまってごめんなさい」


云いながら、わたしは今日の業務のスケジュールを頭の中で並べていった。

わたしじゃなきゃうまくいかない仕事が三件ある。

でも目の前で心配している上司は、今すぐにでもわたしに帰ってもらいたそうにしてる。……でも、タイムカードもきっちゃったし……。


「たしかに、ちょっと気分が悪いかもしれないです。でも、やりたい仕事があるので、それが終わってからでもいいですか?」


わたしは下手に訊いてみた。こんなに心配してくれているのに、その気持ちを無下むげにはできない。


「……そーお? なんだか、ごめんね。神崎さんがそう云うならとめられないけど……だけどムリだけはしないでね。『ヤバイなぁ~』と思ったら、いつでも声かけて帰っていいから」


わたしをなだめるように上司は云った。

ここの職場の人たちはきっと、わたしが限界までムリをしちゃうタイプだと、もう知っているのかもしれない。……入院する前日まで仕事をしていたこともあるし。


「はい。ありがとうございます」わたしはつとめて笑顔で云った。「くれぐれも労災にならないようにしますね」


 わたしの冗談に上司は笑った。


「だけどほんとにムリは禁物だからね」


彼は念押しをして、朝礼に向かった。わたしも彼のうしろをついていって、朝礼に参加する。さあ、いつもどおりの仕事をしなくちゃ。


…*…


 わたしの仕事はお昼すぎに終わってしまった。

これ以上は仕事を探さないかぎり、わたしにやることがない。

わたしは上司とみんなの云いつけを守って、これで早退することにした。


 家についたのは午後の二時少し前。中途半端な時間だ。これじゃあ辻井のお昼休憩も終わってしまっているだろう。


 わたしはダイニングテーブルの椅子に、やけに姿勢よく座り、日記帳と筆記用具、それからスマホを並べた。咳払せきばらいもしてみる。……落ちつかない。落ちつかないどころか、すごく緊張する!


 わたしは深呼吸をしてから時計を睨みつけた。


14:12。


 辻井に電話をするのは、三時ごろがいいような気がする。

三時まで、まだ一時間近くある。わたしは台所にいって、おなじみのインスタントでつくるアイスコーヒーをつくって、そのついでとばかりに換気扇のしたでタバコを吸った。


 テーブルに戻って、もう一度時計を見る。


14:19!


 そんな! さっきからまだ十分もたっていないのぉ? やだ、もうかんべんして。緊張しすぎて死んでしまいそう。あと四十分、わたしはなにをしてこの緊張をまぎらわせればいいのよ!


 時計を睨んだままフーとため息を吐く。テーブルを指でトントン叩いた。──そうだ! 電話の途中でさないように、トイレにいっておこう。


 トイレにいって、ついでに顔も洗って化粧をおとした。洗面台の鏡は見ないようにした。どうせ、ひどい顔をしているだろうから。


 席について、筆記用具のなかから赤ペンをだして、日記帳をパラパラめくった。辻井に教えてもらいたいことを書いた、リストのページを開いたままにする。


 ここにきて、

②鳥海先輩の誕生日 のところに目がとまって、わたしはいささかの尻込みを覚えた。


 いまさら誕生日を訊くなんて、どうかしてるんじゃないの? 恋する乙女じゃあるまいし。このとしでやめてよ。気色きしょく悪い。


辻井だって、きっと同じに思うはずだわ。〝この女、気色悪い〟って。さもなきゃ〝いい歳ぶっこいてるのにイタイやつ〟そう思うにきまってる。


 でも、知りたいのよね……本心では。鳥海先輩の誕生日にも花を贈りに行きたいし。


 ……辻井との電話の流れで、誕生日を訊けそうな雰囲気があったら、訊いてみよう。


 同じ男同士だから辻井は鳥海先輩の誕生日を知らないだろうけど。……そこでふと思った。あれだけを出していたお姉ちゃんなら、鳥海先輩の誕生日も知っているかもしれない。


けど、そこまで知っているとなると、さすがにアウト──鳥海先輩が好きだったって白状することになるから、お姉ちゃんは隠すかもな……。

もう白状してラクになっちゃえばいいのに。お姉ちゃんの恋心はプライドのかたまりでもあるから、そう簡単に白状はしないか……やれやれだわ。


 ここでもう一度時計を見た。


14:45。


 ……うん。ちょっと早いけど、射程距離の範囲内だわ。


 わたしはスマホのメッセージをひらいて、川井の電話番号がのっているところまでスクロールしていった。


……×-×-×。


あった。



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