第五章 Where do you get closer

ticktack ticktack ①



 陽が昇って、お昼まえの午前中のうちにスマホに通知がきていた。


 通知に気づいた瞬間、わたしの心臓が素早く反応して早鐘を打った。


 辻井との連絡がこれからどうなるか、イコール、鳥海先輩とのこれからがどうなるか。


 それらがこのメッセージにすべてかかっている。これではっきりしてしまう。


 もし、辻井にことわられたら、これで The end。なにかがわたしに足止めをして、〝これ以上は進むな〟と警笛けいてきを鳴らしていることになる。


 ──たとえば、朝、眠りから目覚めて、なんだか今日はいやな予感がするな……そう思いつつも、学校や仕事に行かなきゃならないから行くけど、そういう日はことごとくツイていないのといっしょ。


 辻井とのやりとりがここで断られたら〝この先わたるな〟と、なにかが止めにはいっていることになる。


いままでのわたしはそんなものも無視して強行突破をしてきたけど、運命の流れにしたがうとめたいまは、それに従うしかない。……ぎゃくに話しがスムーズにいけば、これがGOサインになる。



 わたしは恐るおそるスマホのメッセージを開いた。



≪辻井と連絡が取れて、いつでも電話しても大丈夫だって。

番号は変わってなかったから、教えた番号に電話して下さい。≫



 ──やった! よかった! GOサインだ!


 運命が味方してくれているのを肌で感じる。


 やっぱり、なにもかもがそうなんだ。わたしがいままで感じてきたものも、ちかごろ肌でひしひしと感じている〝死〟も、タイムリミットもぜんぶ、ほんとうなのよ。


目には見えないけど、ほんとうにある──実在する──ものなのよ。


 となれば、大っ嫌いなこいつと連絡をとるのも、これで最後になるかもしれない。〝終わりよければすべてよし〟これにならって、最期くらい素直に感謝をしておこう。


じっさい、旦那こいつのおかげで辻井と連絡がとれるんだし。



〈ありがとう! 本当にありがとう! …怖いけど、電話してみる〉



 素直に気持ちをメッセージしてから、少し後悔をした。なにもこいつに素直にならなくても、いいんじゃない?

 すぐにポーンと返信がきた。



≪どういたしまして。意外な所で役に立ったね。≫


 スマホの向こうで、こいつが犬みたいにお座りをして尻尾をブンブンふって、舌をたらしてハッハッしているのが、目に見えてわかる。


……人が素直になったのをいいことに、こいつは……。



〈なんのえんだかね〉


と、そっけなく返す。


ご褒美なんてだれがあげるか! 褒美の言葉をあげたらこいつは調子にのって、べたべたつきまとってくるにちがいないんだから。そんなのはかんべん願いさげ! シッシッ! あっちにおゆき!


(でも別居中のこのアホは、月曜日には戻ってきてしまう……あぁ、もう、ほんとうにイヤ)


 わたしはめんどうくさくなって、スマホの電源を一度おとして、それをソファにほうった。


 それでもわたしの気分は落ちつかない。ちかごろずっと落ちつかない。


わたしはシャキッとするのを期待して、冷水で顔を洗った。けど、ダメだった。


洗面台の鏡に映る自分の顔が、あまりにもひどい。


土気色の顔で、げっそりやつれていて、おまけに目の下のクマが紫色のあざのようになっている。具合の悪さがあからさまに顔に出てる。


もしくは、これこそ悪魔か死霊にとりかれた人間の顔みたい。こんなの、ホラー映画でしか見たことがない。


 死にとり憑かれた人間は、ほんとうにこうなるんだ……。生気せいきのない、力のない顔つき。わたしにはやっぱり、時間がないんだ。……こうしちゃいられない。


 わたしは電源をおとしたスマホをよみがえらせて、メッセージをあらためて見て、スクロールしていった。


辻井の携帯番号を表示すると同時に、あのアホからの文面を思い出した。


辻井は、〝いつでも電話して大丈夫〟と云っていたのよね。


 ……辻井って、優しいんだね。知らなかったよ。中学のときの〝辻井はいいやつ〟っていう評判は、ほんとだったんだ。


 中学のとき、わたしがまともに辻井と口をきいたのは、あの階段でのやりとりだけだった。


そのあとの成人してからは、駅前で会ったときに、一言二言の言葉をかわしただけ。それなのに──。


 はっきりいって仲良くもなんともない、知り合い程度の同級生なのに──。


 いきなり連絡していいかと訊かれて〝いつでもいい〟なんて、ほんと、よく云えるよ。すごいよ、辻井は。優しいよ。────ありがとう。



 わたしは、辻井の番号が表示された画面を一度きった。


 今日はまだ月曜日じゃない。月曜日になってから事をはじめたほうがいい。直感が、そううったえかけてくる。


 いまのわたしは、それまでの準備をしなくちゃ。


 わたしはテーブルへかじりつくように椅子に座り、日記帳をパラパラとひらいた。ボールペンをとり、直感がなげかけてくる〝なにか〟を文字にして、整理していく。


 月曜日は平日で、わたしも辻井も仕事だけど、大丈夫。きっと話しをする時間はもてるはず。


それに効率良く仕事をこなすように、話しを進めていきたい。だから頭が仕事モードになっているときのほうが狙いめだ。


 あとはわたしの恐怖心……。


 辻井に電話をすると思うと、もういまから怖い。緊張して、心臓がドキドキする。


職員室や職場で呼びだしを受けたとき、怒られるとわかっていて足を運ばせるときの恐怖に似ているけど、


そんな呼びだしなんてじゃないくらいわたしは恐怖を感じている。


 鳥海先輩の話しなんて、ほんとうにいまさらだし……辻井になんて云われるか。


あの、階段で云われたことの続きを云われるかもしれない。……傷つくことを、覚悟しておかないと。


 ……一番怖いのは〝こいつ頭おかしい〟とバレてしまうこと。


 わたしは頭がおかしいのを、いままでひたかくしにしてきたけど、それをおおっぴらにするんだ。……すごく怖い。


 それでもわたしは、すべてをかなぐり捨ててかまわないほど訊きたいことがある。


 どうせ残された時間も短いことだし、恥もなにも気にしなくていいわよ!


 自分をそうはげましたところで、わたしはため息をついた。──辻井に、必ず教えてもらいたいことをまとめよう。



① 鳥海先輩のお墓の場所。


② 鳥海先輩の命日と、何月何日に事故に遭ってしまったのか。


③ 鳥海先輩の……いまさらだけど、誕生日。


 ──だって、お花をあげに行くのが命日だけなんて寂しいじゃない! できれば、なにかしらの理由をくっつけて、そのつどお墓に逢いに行きたいわよ、わたしは。


④ できれば……鳥海先輩のおうちがどこか。



 うん。こうやって文字にしてまとめてみたら、頭のなかがすごくスッキリした。なんだか気分までスッキリしたよう。


 これってなかなかいい手段なのかも。

 あ! あと、辻井にまず確認することも書きしるしておこう!



①あの日というか、そもそも塾でたむろしていたのを覚えているかどうか。


②あれは、からかい目的だったのか……ていうか、なんの目的だったのか。


③あの日のあと、わたしを学校で叱りつけたのを覚えているか。



 ──よし! 日記に書き終えて、頭のなかが少しはまとまった。


 でも心臓はまだドキドキしてる。……落ちつけ、わたし。がんばれ、わたし! ──よし、月曜日、午後三時ごろ、電話するぞ!


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