Husband who married the game ④


 それにヨッシーと違って、あいつを辻井との連絡先経由に使ったとしても、なんの弊害へいがいもない。


……あいつは、人に興味関心のない、ろくでもない人間だから。


ゲームをこよなく愛する、頭がちゃらんぽらんなヤツだから。考える力のない人間。


(だから、こっちとしてはいろいろと都合がいい)

(……なにも感じない人と結婚するほうが、わたしには都合がよかったの)


 けど今はそれがバカバカしくなって、大っ嫌いになったあげく、しているけど、そいつがわたしの足がかりになる──。


 思い立ったわたしはすぐさまスマホに手を伸ばし、メッセージアプリをタップしてひらいた。


 大っ嫌いな旦那の名前を画面いっぱいに表示する。──これって、なんの因果いんがなの? それともこれは、このときのためにわたしに残された、この人とのえんだったの? ……なんでもいい。とにかくわたしはなんでもする。


 これからのわたしと鳥海先輩のためになら、大っ嫌いなコイツと連絡をとるなんて、ささいなことなのよ。痛みなんて感じない。苦しくもない。

 わたしはなりふりかまわずメッセージを送信した。


〈あのさ、わたしの同期生の(姫中の)辻井の連絡先知ってる?〉


 自分で云うのもなんだけど、挨拶も愛想もクソもない、空々しい文面のメッセージ。


 ひさしぶりに連絡をよこしてきたかと思えば、メッセージだし。

(だって、あいつの声なんて、聞きたくもない)

(辻井の連絡先を知っているかと訊いておいて、こいつが辻井と連絡し合っているのを、わたしは知っているわけだし)


 でもいい。いまのわたしは、なんだってする。進んで悪役にだってなってやる。あとからコイツにあーだこーだ云われても、かまわない。


(愛がなんたるかを知らない、理解できない人なんて、ほっとけばいいのよ)


 わたしはスマホをにらみつけて、ジリジリとメッセージの返信を待った。

 こんな時間──明け方の四時だけど、あいつなら起きてる。


 ──そうだ! ゲームのアプリであいつのログイン状態がわかる!


 わたしはゲームアプリをひらいて、フレンドリストの中からあいつのアカウントを確認した。


【最終プレイ:3分前】


 ──よし! 起きてる!


 ねんがら年中ねんじゅうやってる愛するゲームが

──もはや伴侶はんりょよね! 今となっては、わたしとなんかより、よほどゲームとの接続時間が長いわけだし! ──

あだになったわね! これでメッセージをスルーしたら、承知しないんだから!


 しかもいじわるをして〝辻井の連絡先なんて知らない〟なんて、とぼけてみなさい……そのときはわたし、なにをするかわからないわよ。首を絞めに殴りこみに行ってやる……。


 殺意をこめたところで、スマホにポーンと通知がきた。──きた!


 すぐにスマホのゲーム画面をメッセージ画面に戻す。


≪ふみあきの事? 番号が変わってなかったら、×-×-×-だよ。≫


 ……辻井の、したの名前……。ふみあき、だって……なつかしいな。

ていうか、相手が辻井なのかを訊いておいて、まだ不特定なのにケータイの番号を入力していいわけ? もし違う辻井だったらどうするのよ。個人情報よ? ──あぁ、ダメだ。メッセージのやりとりだけで、こんなにイライラする。


 わたしは深呼吸をして、メッセージを慎重に入力した。……え。手が……ふるえてる。


どうして、いまになって……。わたしは、辻井と連絡をとるのが、怖いの? ……うん、怖い。怖くて怖くてしかたがない。


 わたしの頭がおかしくなってるのが、辻井にバレる。また辻井に怒られるかもしれない。鳥海先輩にどんどん近づくのが怖い。──真実を知るのが、怖い。


 わたしはふるえる指でなんとかメッセージを送信した。


〈そう、ふみあき! 辻井つじい 史晃ふみあき!〉

〈わたしがいきなり連絡する前に、あなたから辻井に一本連絡をいれてくれると助かる〉


 情緒不安定に動揺しまくって、なんだかよくわからないメッセージを送ってしまった。

 けど、あいつからはすぐに返信がきた。


≪えっ!マジっすか?なんの用なの?≫


 ……アホっぽいメッセージ。


でも、このバカさかげんのおかげで、すこし恐怖心がとおのいた。アホをスルーして、優先すべき大切な内容だけを送信する。無駄口なんて、ききたくもない。


〈①辻井も結婚して家庭を持っているけれど、わたしが携帯に電話しても大丈夫か。〉


〈②連絡して大丈夫なら、いつ・何時ごろ電話していいのか。〉


〈③わたしの携帯番号を教えておく必要があれば、ぜひ辻井に教えてあげて。〉


〈④鳥海先輩のことで話しがあるの。〉


 最後の④は、こいつの質問に答えたんじゃない。辻井のためのお知らせだ。

わたしが辻井に連絡するまえに、彼には話しの内容も、記憶も、心構こころがまえも、すべてを絞りこんで用意しておいてもらいたい。そのためのお知らせよ。


 わたしからのメッセージを受けたあいつは、あいつなりに無い頭を一生懸命ひねって考えているのか、十五分ほどなんの音沙汰もなかった。


 いくら考えたって、あいつに理解できっこない。へんな押し問答をしようとするのはやめなさいよ。じゃないと、ぎゃくに痛いめに遭うんだからね。わたしにからもうとするのはさっさとあきらめて、素直に辻井に連絡すると云いなさいよ。


 そう思ったところで、ようやくスマホの通知が鳴った。


≪了解。明日にでも連絡してみるよ。

このタイミングで悪いけど、ガソリン代とスーツのクリーニング代を下さい。≫


 ……この男は、どこまでも……! カネを払わなきゃ、辻井に連絡してくれないわけ? ほんっと、サイッテー! 大っ嫌いっ!


〈あなたにかまっている場合じゃないの。〉

〈とりあえず明日、辻井に連絡してみた結果を教えて。「今さらなにを言っているの?」って言われるのとか、もろもろ覚悟してる。それでもわたしは聞きたい事があるの。真剣に。〉


 わたしはお姉ちゃんにならって、ズバッとハッキリ物事を伝えた。

これぐらいハッキリ云えば、いくらおつむの弱い人でも、わたしがどれだけ真剣かがわかるはず。


≪紫穂の事情は良く分からないけど、了解です。≫


 やっとまともな返信がきた。

 あんたなんかに〝わたしの事情〟を話したところで理解できないでしょうに! 


どうせ中身のない、うすっぺらな上辺うわべだけの薄情はくじょうな人間なんだから!


 わたしは内心で毒づいて、スマホをソファーに投げつけた。またタバコを吸いに換気扇のしたへ行く。


 一服いっぷくしないとこのイライラは誤魔化せない。気持ちをなだめさせて、すこし落ちついたところで、冷静に考えてみる。


 とりあえず、こいつとのやりとりはこのまま明日まで待とう。明日になったら、辻井に連絡してくれると思うし……ん? 明日って、いつだろう? 今日か? あいつの時間感覚はズレているから、よくわからない。


でもきっと今日だろう。あいつの日付が切り替わる時間タイミングは、おそらく夜明けだ。太陽が昇ってからが明日だ。だから、あいつは今日中に辻井に連絡をするだろう。……よし、それまではおとなしく日常をおくろう。へんなメッセージを送って、墓穴をほるのだけは避けたいし。



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