Husband who married the game ③



 それに、ヨッシーを巻きこんでしまったらが最後。彼はとことんわたしの最期までつき合う。


 そうなったら、わたしの秘密が彼に知られてしまう。


わたしがずっと秘密にしている開けてはならない箱に、ふれることになる……。そんなの、わたしはたえられない。だれにも知られたくない。ヨッシーにも、知られたくない。


 だったら、どうしよう……。相馬と、どうやってコンタクトをとる?


 それに、みっつめの問題もある。これが一番の大きな鍵をにぎることになりそう。


 いろんな犠牲をはらったうえで、相馬と連絡がとれても──相馬が、あの日のことを覚えていなければ、すべてが台無しになる。ヨッシーにも、悪いことをしただけになってしまう。そんなのは、ぜったいに避けたい。


 あの日の塾の件は……えっと……いつだっけ?


 …──かれこれ……二十三年前になる!


 頭のなかで計算してでてきた数字にびっくりした! やっだ、──二十三年前だって! 二十三年前? こんな前のことを、相馬は記憶しているの? ──していないかもしれない! ──記憶しているわたしのほうが異常なのかもしれない。


 ああ、それに、当時の相馬たちは……すごくバカをやっていた。シンナーとか、ライターのガスをガスを吸っていた。──ああ~もうっ!


 あの日の相馬はそこそこ素面しらふに見受けられたけど、その前後にことをしている人間の脳は、ちゃんと機能しているの? ……あやしい。……あやしいかぎりよ。これだからジャンキーは! Fuck!


 ──だとしても、覚えていてもらわないと、わたしが困るのよ……!


 なんとしても記憶をゆさぶりおこせないかしら? 静かな池に石を投げ入れれば波紋がたつように、記憶にもゆさぶりをかければ、さざ波だっておもいだしてくれるかもしれない。


あぁ、もう、ほんっと、お願いよ! わたしには時間がないんだから!


 ……あぁそうよ、時間よ。わたしには時間がないんだった。


 同時にわたしは、お姉ちゃんが電話で云ったことも思い出した。


「そのうわさは、私の耳にも届いたよ」……じゃあ、相馬の耳には?


 本人の相馬の耳にもはいっていたんじゃないの? わたしの知らないところで、かげでからかわれていたんじゃないの?


「八鳥がおまえのことを好きだってよぉ~」なぁんて、男友達からこずかれていたかもしれない。


 それなのに相馬は、わたしから鳥海先輩とのあいだに置かれたクッションの役割に使われたり、

鳥海先輩からは呼びだし係として任命されたりして──まさにんだりったりの板挟いたばさみポジションだったんじゃないの。……相馬、かわいそう。……悪いことをしてしまったな。


連絡がとれたら、このことは謝っておこう。


 ……それにしても、相馬がこれだけイヤな想いをしてきたんなら、きっと覚えているはずよ。そうよ、記憶に残っているはず。それにけましょう。


人は、イヤな思い出の記憶を脳から削除するようにできているらしいけど、根にもつヤツだっているし(わたしとか)……相馬は、根にもつタイプではないけど……。


 ──あ! 待って! もしかすると、板挟いたばさみだった相馬は、なにも知らないかもしれない!


 だって、もし……もし! 鳥海先輩がわたしを好きだったとして──。

 もし、あの日、鳥海先輩がわたしに告白しようとしていたとして──。


 ──鳥海先輩は、わたしが相馬を好きかもしれないっていう噂話を聞いていて、自分のほんとうの気持ちを恋敵こいがたきである相馬に話す?


 それこそ、内容はちゃんとぜんぶ話さないで、相馬をパシリみたいに呼びだし係だけにつかったんじゃないかしら?


 ……わからない。ぜんぜんわからないわ……。こんな推理じみたことをしていたって、らちがあかない。


…──だったら、あの日のあと、わたしを学校でしかりつけた辻井は? 辻井のほうが、まだ事情をくわしく知っていたんじゃないの? そうじゃなきゃ、あのときの辻井のあの顔に、あの目、あの剣幕けんまくにあのセリフ、それらに説明がつかない。


──そうよ、だったら相馬にではなく、辻井に訊くべきなんだわ。あの日のあれはなんだったの? って。きっと相馬なんかより、よりおおくの鳥海先輩の事情を知っているはず。


じゃないと、あんな──あそこまでの深刻な発言はできない。……でも──あぁ~。辻井のほうが、重度の中毒者ジャンキーだったんだ。学校で見かけるときは大概たいがいラリっているようだったし……。……Dead end.

もう、かんべんしてよ、ほんとにっ!


 それでも、辻井に訊くのなら、わたしはどうするべき? 辻井は、前に──十年くらい前に駅前でばったり会ったとき、なんて云っていた?


「ヨッシー先輩をなるべく避けるようにしている」と、云っていなかった? 連絡先がバレたら、めんどくさいことになるからって──。


 ここまで日記に書いて、わたしはボールペンを投げころがして日記帳を押しやった。


 目の前が真っ暗闇になったよう。めまいがする。──袋小路ふくろこうじなんて、やめてよ。


 テーブルに肘をついて、両手で顔をおおった。くらむ両目を奥に押しこめる。


 ──こんなのってないわ。ここまできて、だれとも連絡がとれないなんて、やめてよ……!



 極限状態におかれたなかで、わたしは考えた。

わたしにはいつだって、どんなにサイアクなときにだって、必ず抜け道があったはずじゃない。


そうよ。なにかがわたしに味方をして、どんなにサイアクな状況も抜けてこられた。だから、今回だって、なにか抜け道があるはずよ。


 わたしは暗闇の視界のなかであたりを見回して、光りの道を探した。……あった。ひとすじのか細い光りをはなっているところが、あった。


 わたしはそこに意識をむけた。


 十年前、駅前でばったり辻井に会ったとき、わたしはケータイの番号を交換しなかったけど、いっしょにいた旦那だんなが、辻井と番号交換をしていた……。


 当時はまだわたしの彼氏として、隣りに立っていた旦那。そいつなら、辻井の番号を知っている。それに、あいつは、そのあともちょいちょい辻井と連絡をとりあっているようだった。


だから、いまでも連絡先を知っているはず……!



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