Husband who married the game ②


 それからわたしは考えた。

日記を書いているノートから離れて、またタバコを吸いに換気扇のしたにいく。


 タバコの煙が換気扇に吸いこまれていくのを、ぼんやり見ながら、わたしは物思いにふけった。


 あの日、塾で、相馬……。

どうして鳥海先輩は、わざわざ相馬をつかってわたしを呼びだしたの?


 そうよ、どうして、よりにもよって相馬だったのよ。

 だからわたしは余計よけいに呼びだしに応じれなかったのよ?


 かくみのにしていた相馬をつかいによこした──これの意味をわかっていたの? 鳥海先輩。


 わたしは、選ばなきゃいけなくなった。隠れ蓑の相馬か、本心の想いである鳥海先輩かを。──どうして、そんなことをしたのよ……!


 わたしは、噂話の種になったり、かげでせせら笑われたり、そういうのに巻きこまれるのがイヤだった。


 こっそり呼びだしてくれたらよかったのに!

 なにもあんな大人数おおにんずうで塾におしかけてこなくてもいいじゃない! あなたは、いやおうでも目立つ存在だっていうのに、あんなに派手な呼びだしかたをしたら、よけいに目立つじゃないの!


 わたしは目立ちたくなかったのよ!


 あぁ……でも、それももういい。この週末があけたら、相馬にコンタクトをとってみるから。あなたがなにを考えて、なにを想っていたのかを知れる。


相馬は……週末は、家族サービスをしているかもしれないから……相馬が、結婚していればね。家族と夫婦円満を邪魔しちゃならない。


 月曜日になってから、わたしは事をはじめる。いまは、それに向けての下準備に集中しなくちゃ。


 わたしはタバコを消して、いそいでノートにもどった。いま思ったことをまとめて日記帳に書きしるしていく。


 ──下準備。

相馬に、鳥海先輩のことを訊くための準備。

問題は、ふたつ……いや、みっつかな。


まずはわたしがしっかりしなくちゃ。


 ふたつめは、相馬とどうやって連絡をとるか、だ。

わたしは相馬の連絡先を知らない。わたしはつとめて、同期生と連絡をとらないようにしてきた。


 ……けど、これはなんとかなりそうな気がする。

わたしがたまに──二年か三年に一回のペースで──連絡をとっているヨッシーに電話して、あたってみよう。


(ヨッシーはわたしのさんこうえの先輩だ。しかもべつの中学校。

わたしが十九歳のときに出会って以来いらいくされえんとして仲良くしてくれてる。

……こんなわたしを、妹分いもうとぶんとしてかわいがってくれていた。わたしも、兄貴分あにきぶんとしてヨッシーになついていた)


ヨッシーなら、相馬の連絡先を知っている可能性がだいだ。


 ヨッシーは、先輩風を吹かせるのが大好きな人だったから。きっと相馬の連絡先だってチェックしているはず。でもってなにかにつけて相馬に──いっしょにキャバクラに行こうだとか──迷惑このうえない連絡をしているはずよ。


ヨッシーが相馬の連絡先を知らなくても、彼なら、自分の幅広い人脈をつかって相馬の連絡先をなんとしてもつきとめてくれるはず。


ヨッシーは……いま思えば、わたしのためならなんでもするがある。

頼りがいのある男だけど……それってどうなんだろ? わたしはずっと、いろんなものから目をそむけてきたけど……。そろそろ認めなければならないのかもしれない。──いまさらだけど。


 わたしは、きっとモテていた(一部から)。

それも、病的に〝とりこ〟にしてしまうほど。

ストーカー事件は二人。ストーカーまがいが一人。ネットストーカーが一人。


……ヨッシーも、きっとわたしのことが好きだったのね。いまは腐れ縁かもしれないけど。それでも、いまでもすきあらば──っていうのを感じる。


ヨッシーは、わたしが創りあげた見えない壁をさっして、彼なりにわたしとのつき合いかたを考えたんだろう。


友達以上に特別で近くて、でも、恋愛的な近さじゃない。

それが、この義兄妹ぎきょうだいの関係だったのだろう。

彼の優しさやじょうに、わたしはまだ甘えていていいのだろうか。……いいわけない。


そろそろ彼も、わたしから解放してあげなきゃならない。


もっとわたし以外の女性を知って、親睦しんぼくを深めていくべきよ。

まあ、もっとも、彼は女癖が悪いから、とっくにその糸口を見つけているのだろうけど。


 ……ただ、わたし以上に彼を理解できる人間はいないんじゃないかしら。

わたしは、ヨッシーとも、なにか特別な縁で繋がっているような気がする。でもそれはやっぱり恋愛的な意味合いは薄くて……どちらかといえば、戦友というニュアンスのほうが濃い。


もし、前世がほんとうにあったのならば、彼はそのときからわたしを支えている古参こさんの戦友だ。


 そんな彼に、鳥海先輩とのことを相談したらどうなるんだろう。

 きっと、とてつもなく協力してくれる。〝こいつとの縁は、このときのためだったんだ〟とばかりに。


冥土の土産じゃないけど、最期までつき合ってくれる。……でも、彼にも、結婚を考えるほどのパートナーができた。だけどそのパートナーはハッキリ云って、なかば強引に、なかば妥協してきめた感じがする。それも、お互いがお互いに、人生のプランニングを考えて、パートナーのまとを絞ったうえで、その関係になった感じがする。


(妥協と打算の結婚。おまけゲームのルーレットで〝愛〟が引けたら、SSRからURへ昇格パターン! みたいな)


 ……ヨッシーも、その彼女も、口には出さないけど、そんな感じがする。わたしも、ふたりの人生の責任はとれないから、へたなことを口に出せないし、ヨッシーからもみいった本音を訊いていない。


 そんなあやふやで不安定なふたりの関係に、わたしがいまヨッシーにヘルプを求めたら、どうなる? ふたりのあいだに、決定的な亀裂がはいるんじゃないかしら?


 そんなの怖くて、とてもじゃないけど助けを求められない。

わたしは、自分が助かりたいからと云って、人を道連れにしたうえにないがしろにするなんてできない。


ヨッシーの人生をまるごと引き受けるなんて、むりよ。

だって──わたしの心はずっと、鳥海先輩にある。

わたしは、鳥海先輩じゃなきゃダメだった。

わたしには鳥海先輩なのよ。最近になって、ようやくそれがわかった。わたしはようやくそれを認めた。ずっと逆らい続けて、気づかないふりをして、目をそむけ続けてきたけど、わたしには鳥海先輩だったのよ。


 こうなってしまったら、もう自分を誤魔化せない。他のひとで代用なんて、むりなのよ。



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