Husband who married the game ①


 気分がたかぶって落ちつかない。


 お姉ちゃんとの電話を切ってから、わたしはタバコを二本吸った。

頭であふれている情報をまとめて、整理して、ぜったいに忘れないように脳へ記憶をしてる。


同時にわたしは、過去の記憶との照合もしていってる。

これからのことも頭のなかで山積みになってる。


 あぁ、ほんと落ちつかない。


ひとりでリビングをウロついて、換気扇の下に行ったり、ダイニングテーブルの椅子に座ったりして、で、また落ちつかなくて飲み物を取りに冷蔵庫へ行く。


水をコップで何杯飲んだかしらない。喉がやたら渇くし、落ちつきたいから水を飲んでるけど……あぁ、おしっこがしたくなってきた。とにかく、水が飲みたい。


 わたしはトイレでようをたしているあいだも喉の渇きを感じていた。

 トイレからでると、また台所にまわりこんだ。こんどは水じゃなくてアイスコーヒーにしよう。


(そういえば、お姉ちゃんはいっとき、こんなわたしのようすを見て、なにかヤバいクスリでもやってるんじゃないかって、かんぐっていたっけ……。


自分がをやっていたもんだから、仲間ほしさで、わたしに疑いの目をむけるなんて、よしてよ……。ほんと、笑えるわ。──わたし、クスリなんかやってない。


やってないのにこのざまよ。もしほんとにクスリなんかに手をだしたら、わたしはどうなることか……)


 わたしは自分を落ちつかせようと、また換気扇のスイッチをいれてタバコに火をけた。


 灰皿に置きタバコをして、アイスコーヒーをつくる。

できあがった牛乳たっぷりのアイスコーヒーをゴクリと一口飲み、タバコを一服いっぷくする。……なんだか頭がさえてきた。


 この膨大な量の記憶とあらたな記憶の情報を整理しなければならない。自分の、このさまざまな感情の整理もしなくちゃダメだ。


じゃないと、相馬に連絡したとき、わたしはまた支離滅裂しりめつれつになる。話しがあっちにいったりこっちにいったりしないようにしなくちゃ。


そんなことで長電話になったりなんかしたら、奥さんに迷惑がかかる……ひょっとしたら、子供だっているかもしれない。


わたしは、相馬とそんなに長く電話をしてはいけない。よその家庭にさざ波をたてることなんて、しちゃいけない。


──と、ここでパッとひらめいた。しばらく書いていなかった日記を書こう、と。


 わたしはタバコをいそいで吸いおわらせて、コーヒーをいっき飲みした。棚に駆けよって、文具の引き出しからノートを引っぱりだす。


 このノートは、最近なんとなく買いたした真新しいノートで、線もなにも印刷されていない、無地の真っ白なノート。


これなら、好きなように文字の大きさを書けるし、挿絵だってくわえられる。魔法のノートになることうけあいのノートだ。


 わたしはダイニングテーブルにもどって座り、ボールペンを片手にノートの表紙をめくった。最初の一ページめは白紙のままとばす。


二ページめの上に、今日の日付と時間をデカデカと書いた。……日記を書くなんて、何年ぶりだろう? もうしばらく書いていない。


おそらく、ざっと思いだしただけで、五年は書いてない。そのかんわたしは、日記を書くほど、さして追いつめられていなかったのだろう。


そんなわたしが頭と心の整理のために日記を書くなんて……これはかなりよくない傾向だと思ったけど、そんなものはしょうがない。だって、書かないと整理がつかないんだから。


 わたしはお姉ちゃんとした電話のやりとりを日記に書き留めていった。


 ここであらためて思ったことがひとつ。──お姉ちゃんは、まちがいなく鳥海先輩をいていた。鳥海先輩のことが好きだったのよ。


 わたしは中学のとき、お姉ちゃんに鳥海先輩の話しをしたことがあるけど、はっきり〝鳥海先輩が大好き〟なんていう言葉を、お姉ちゃんに云ったことなんてない。


たしかに泣きついたりして、もろバレバレだったのかもしれないけど、〝鳥海先輩が大好き〟なんて、一言ひとことも云っていない。──〝鳥海先輩に憧れている〟とは云ったけど。


 だからお姉ちゃんが、わたしが鳥海先輩を好きだと知っていたのは、それは女の直感にほかならない。


女の直感が働くのはきまって、自分が想いをよせている男になにかがある時よ。


 お姉ちゃんは女の直感的に、わたしが鳥海先輩を好きでいるのを知った。姉妹で同じ人を好きになっていると、気づいてしまった。……だから、わたしが同じ高校に行こうとするのも、激しく、猛烈にイヤがったんだ。


わたしが同じ高校に行くと、わたしと鳥海先輩とのあいだでというのを、女の直感がさっしたんだ。──してやられた!


 ほんっと、お姉ちゃんのそういうところには反吐へどがでる! もう結婚して(しかも二回目よ!)子供も二人産んで、いいとしになっているのに、なにあのオンナおんなした感じと態度たいど


 お姉ちゃんもわたしも、もう女を引退しなくちゃならない歳なのに! バッカなんじゃないの! このとしになってもなお、わたしと鳥海先輩とのことを邪魔してこないでよ! ほんっと、あったまにくる!


 書きなぐったところで、わたしはフーッと、ため息をついた。


 どうして、わたしと鳥海先輩とのあいだでは、昔から邪魔をしてくる人がまわりにいるんだろう。──それも、たくさん。大勢。


 ……どうしてなの。


 でも、彼は……もう死んだ。……死んでしまったの。わたしも、もう少ししたら死ぬ。だから、お願いだから、もう邪魔をしてこないで……! わたしたちのことを邪魔しないで。引き裂こうとしないで。これ以上は、もうやめて……!


 わたしはだれに云うでもなく、この世の世界という世界にむけて、想いを爆発させるようにらした。やがてこの想いが雪のように空から降って、人々のうえにりたてばいい。


わたしの想いにふれて、哀しみの涙にふれればいいんだわ。そうしたら、わたしがどれだけの想いでいるのかを知ることができるでしょう。


そしてわたしをどれだけ傷つけたのかを心にしっかり刻みなさい。そうすれば、もう邪魔しようなんて気にはならないでしょう? これだけ傷つけたんだから。


 それとも、これでもまだあきたらず、わたしたちの邪魔をしようとするの?


そのときは、その人が、自分がどんなに外道な人間だったかを知るはめになるんだからね。自分がこんなに鬼畜生おにちくしょう下種げすやからだったと、知ることになる。


けの皮がはがれて、救いようのないみにく性分しょうぶんだったって自覚するのよ! どうしようもないクズな人間だったと、自分を知ればいいんだわ!


 ……神さま、あなたは、そんな人間を増やしたいの? それがあなたのお望み? それなら、あなたは神じゃない。──あんたこそ、クズ野郎よ! クズ畜生の総大将!


 あなたは、そんな存在だったわけ? わたし、それならそれで、このことを世間に吹聴ふいちょうして歩くわよ。わたし本気なんだから。今はいい時代になったから、ネットやなんかをつかって、いくらでもつぶやける。


なんなら、実費で本を出版してもいい。あんたを冒涜ぼうとくする本よ。神と悪魔は同一視するべきだと、本に書いてやる。


その本は、いまは見向きもされないかもしれないけど、だれかの手元に残れば、わたしはそれでいい。


それが長い時代とき文献ぶんけんになる日が、必ずくる。人々はそのときに知るのよ。あなたの悪行あくぎょうの数々をね。それがイヤで、この事実も認めたくないのであれば、今後は気をつけなさいよ。


もう人々を使って、わたしたちをおとしめようとしないで。邪魔もさせようとしてこないで。そっちでしっかり人々の手綱たづなをにぎって、おとなしくさせておいてちょうだいよ!



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