Even though you've lost your mind ①


  紫穂が〝正気をとり戻しつつある〟!


 こんな時間に電話してくる時点で、おかしいなって思ってた! でもまさか、今さら鳥海くんがらみの話しを持ち出してくるなんて、思いもしなかった!


 どうにかして、この話しを有耶無耶うやむやにして、闇にほうむらないと! じゃないと、あの子は執念深く鳥海くんを調べて、あの〝持ち前の直観力〟で真実にたどり着いてしまう!


 あの子は昔からそうなのよ。

やたらとカンがよくて、真実を見抜く。


他人ひとがなにを考えているのか、ぜんぶお見通しですって感じのまなこで、ジッと見透みすかしてくるんだから。──ああ、あの目つきを思い出しただけで、背筋がゾッとする! 寒気さむけで身ぶるいしちゃった。


 夜中の三時過ぎ……もうすぐ朝の四時になっちゃう!


 ああ、もう! また寝不足! ほんとサイアクだよ! こんな時間に電話してきて、頭がまともに働いていない眠い状態で、話しを誤魔化ごまかすのもうまくできなかった! それに家事とか、子供をだしに使って電話を強制的に切る選択も、できなかった!


 私がへんな行動にでたら、紫穂はますます勘の鼻をかせて、機転きてんをしかけてくる。そうなると、私が──身体を使ってまで──今まで積み重ねてきた、築き上げたが危うくなるのよ、ほんっと、ムカツク!


 紫穂にすべてを暴露ばくろさせるわけにはいかない。私のプライドがズタズタに引き裂かれるなんて、もうごめんなんだから!


 マキとの約束、どうしようかな……今からメールしとこ! この時間なら、なおのこと説得力があるってもんだし。それに、もともと今日マキと遊ぶのは気のりしてなかった。


 マキもサイアクなんだよ。小学生と、幼稚園児の年長さんの、男ばっかりの息子ふたり。マキは母親失格だよ。あの二人の男の子、ぜんぶの歯に虫歯があった!


 私は歯医者につれて行ったほうがいいって云ったのに、マキときたら、笑い飛ばしてきた。「もう、由緒ゆいまでそんなこと云うの~? そんながらじゃないでしょう、ウケる~」


 イラッとした。

私は〝お金持ちの家〟にとついだんだから、ひんだとか、教養のある人間にうまれ変わったのに。


 これまでの私の人生のであるマキ。

マキと顔をつき合わせ、話しをていると、まるで過去の自分と鏡を見合わせているようで、イヤなのよ。


自分がいかに蒙昧もうまいで、他力本願たりきほんがんな人間だったかを突きつけられているよう。


 マキはさらに、あきれはてる云いぶんを主張してきた。


「先生たちからも、歯医者につれて行けって云われてるけど、大袈裟じゃない? どうせ乳歯は抜けて、きれいな大人の歯がはえてくるんだから、べつにいいじゃんねえ?


 このあいだは知らない番号から電話がかかってきて、なんだろうって思ったら、まさかの児相じそうからで、びっくりしちゃった! 児童相談所もひまなんかね? わざわざ虫歯ごときで電話してくるなんて、信じられないよ、まったく!」


 信じられないのは、こっちだよ。

そのきたならしい虫歯だらけの子は、ぺちゃくちゃお喋りしながらお菓子を食べるもんだから、そのつばが飛んで、ウチの可愛い娘の飲み物の中に、虫歯菌がはいったのよっ!


 こっちは可愛い天使のような娘を、まめまめしく育てあげ、みがきぬかれた〝ちいさなお姫さま〟に仕立て上げている最中さいちゅうだっていうのに、足を引っ張って、昔に引きり戻そうとしないでよっ!


〈マキ、悪いんだけど、今日は遊べなくなっちゃった〉


 マキにメールしてから、はたと思った。理由、考えてなかった。──もう! なにもかも紫穂のせいだよ! こんな時間に、こんな話しをしてくるから! 動揺して頭が働かない!


 でもあまりあいだをあけてメールすると、言い訳してるってバレちゃう。私はパッパッと、いつものパターンを


〈妹がかなり思いつめたようすで電話してきて、こんな時間になったの。妹だからほっとけなくて。寝不足だから運転はムリだし、子供達と遊ぶ体力も残ってないや〉


 これでよし。

私は〝妹おもいの良い姉〟で〝子供を大切にする良い母親〟。完璧。

これならマキも私をめられない。


 誰にも、私の邪魔はさせない。

私は、やっと今の地位にのぼりつめたんだから。


 ──私のお母さんは、あの〝お花畑の頭〟で、ずっと夢見ていた。〝お金持ちのお嬢様〟になりたいって。


私は、そのお金持ちの家に結婚して、お母さんが憧れている存在になった。お母さんを見返してやった! 私より、紫穂を依怙贔屓えこひいきしてきたお母さんが許せないから。


 紫穂もいい気味きみよ。

あんな一般ピーポーな人と結婚して、底辺な生活をおくってる。専業主婦になれなくて、毎日、ワンオペ育児に追われながら仕事なんかしちゃってさ。ほんと、ざまみろよ。


 紫穂は昔から、姉である私をさしおいて、

勉強もできるし、部活でダンスをやってスタイル抜群で美脚びきゃく持ち。私はお父さんの血筋である山形の田吾作Oきゃくだっていうのに。

おまけに、顔立ちもいい……認めたくないけど。……ムカツク!



 まわりは私の意志に関係なく、いちいち私と妹をくらべてくるし。


 高校生のころ、私は流行はやりの〝可愛いクセ字〟をマスターして、友達と手紙を交換して遊んでるだけだった。


そしたらお母さんは、私のノートをのぞきこんで、しょっぱい顔つきでさげすんできた。


「紫穂は『書初かきぞめだから、とことん頑張る』って云って、泣きながら練習してたでしょう? それでね、金賞とったのよ! 書道師範代の私の血が、あの子にもちゃんと流れていたのね。うふふ……♡


 だからあなたも、ちゃんとした字が書けるはずなんだから、そんな古代エジプトみたいな、読解困難・解読不可能ななんて書くのをやめて、まともな字を書く練習をしなさい。みっともないわよ?」


 手紙を書きおえたら、たまには勉強してみようかなって考えていた。だけどお母さんのこの言いぐさで、私の〝やるきスイッチ〟は永遠に消え失せた。


 ああ……思いだしただけで腹が立つ。


 けど、この家にとついでから、字の事はさすがに後悔した。こっちの義母お母さんが、私の字を見て渋い顔をしたから。


「これじゃあ毎年出す年賀状がはじさらしになっちゃうわ。教養のない粗野そやよめをもらったって、親戚中からバカにされちゃうじゃない。──ほんとにあの息子は、どうしてのと結婚したのかしら──


あなたペン習字をならいなさい。どうせ昼間はなにもやる事なくてひましてるんでしょう?


 ああ、あとそれから華道も習ってちょうだい。うちの高級料理店では、全部の客間に毎日お花をけているの。その仕事をするのは、代々よめの担当になっているんだから、しっかりしてちょうだいよ!」



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