Gaslighting ⑨


「小五でケンカをやめたのは、べつの計画を遂行すいこうするためだって、紫穂は云ったけど……あれ? 紫穂、そう云ったよね?」


 お姉ちゃんが自分の記憶に自信がなさそうに云って、わたしは笑った。お姉ちゃんの記憶は、間違ってない。


「云ったよ」笑いながら軽い調子で応えた。「そのべつ計画がなんだったのかを、お姉ちゃんは知りたいんだね?」


「そう! それが知りたいの! なんの計画だったの?」


ほんのりワクワクしたようすでお姉ちゃんが訊いてきた。


「でも、知りたいもなにも、お姉ちゃんはもう、わたしのその計画を知ってるはずだよ。わたし、お姉ちゃんに話したことがあるでしょう?」


「ええ、なに? 私、ぜんぜん覚えてないんだけど」


 お姉ちゃんは、楽しそうに記憶をまさぐっているよう。わたしは、云おか云わないか、少しつかえたけど、ええい、このさいだ!と思って、カミングアウトをした。


「わたし──お父さんを殺そうとしていたの。その、計画」


計画を口にしたら、わたしの心臓がドクドクとつめたく脈うって、きもがひえていくのを感じた。


 脳内で、アドレナリンが大量に生産されて放出されていくのも感じる。

体が、戦いにそなえて、えていくのを感じる。

息をひそめて、呼吸が浅くなる。


……わたしは、いまでも、いつでも、お父さんを殺すことに、すぐに身体からだが反応できる。


(──その、殺す人のなかに、お姉ちゃんもはいっている。そのことはお姉ちゃんには云ってないけど)


「え……」お姉ちゃんが、絶望視する声をあげた。「あんた……それ、本気だったの?」


 なにをいまさら──と、わたしは思った。


「本気だったよ。だから、そのための準備期間が必要だった。わたしの身体が成長しきって、いよいよお父さんを殺すだけになるまでのあいだ、そのあいだにわたしはおとなしく、いい子である必要があった。


──お父さんを殺したあと、自分の身柄が有利に確保されるように。あくまで計画的にじゃなく、衝動的に事を起こしてしまったと、警察と社会にそう認識させる必要があった。


 それには、おとなしくする期間が必要だったの。

〝こんな状況だったら、正当防衛で殺してしまったとしても、それもしかがたない〟

そう思われたくて、わたしはいい子にしていた……。それだけよ」


 お姉ちゃんが、ゴクリと喉を鳴らす音を、電話ごしに聞いた。「紫穂は、その話しを小五の担任の先生に云ったの?」


「云ったよ」わたしはあっさり白状した。「進路の相談をかねて──まさに、将来の進路よね──それから、やっぱりわたしを止めてもらいたくて、先生に相談した。


 先生は、わたしがひどく思いつめていたのを知っていたから、長い時間をかけて、実の親よりも親身になって話しを聞いてくれた」


「でも、それじゃあ、あんたが計画的にお父さんを殺そうとしていたことが、世間にバレちゃうじゃない!」


 〝あんた、なにをバカなことしているのよ。つめがあまいじゃない!〟と云いたげにお姉ちゃんは云った。


「うん。バレちゃうね。──」わたしは意味ありげに云った。


「……じゃあ、先生は口をわらないと──紫穂は、そう思ったの?」お姉ちゃんは心底おどろいた感じ。


「先生はぜったいに誰にも云わないと、わたしは確信していたよ。──だって、先生はわたしに同情的だった。


 自分の力がおよばなくて、わたしっていう一人の教え子を救えなくて、先生は自分を責めているようだった。


それにわたし、先生から謝られた『力になれなくて、ごめんなさい……』って。


それから、べつルートの進路の話しもした。


わたしがもし、父親殺し(と家族一家かぞくいっか)の犯罪者にならなかったらって……夢見事ゆめみごとの話しだったけど、


そのとき、せずして、わたしは自分の将来が見えてしまった。……わたしは、将来、小学生の先生になるんだと、そのとき、自分の未来の道順が見えてしまったの……。


 笑っちゃうでしょう? こんなに先生に迷惑かけてばっかりいるわたしが、──しかも、親を殺そうと考えているがよ──母校にかえってきて、先生をやるだなんて、すっごいひにくだと思った。それを云ったら、担任の先生は大喜びをしてたけど。


『そうよ! あなたは教師になるべきよ! そうよ、その素質は十分にある! すごいじゃない、こんなことに、こんな早くから気づけるなんて! あなたはやっぱり、人とどこかが違うのよ』って、喜んでた」


わたしは先生の口調をまねして、やれやれと息をついた。


 あのときの先生の心には少なからず、わたしが犯罪者の道をたどろうとしているのをとめたくて、わらにもすがる思いで、子供のわたしにそう云っているふしがあった。


「──ああ、それは私もそう思う!」お姉ちゃんがきゅうにテンションをあげたから、わたしはびっくりした。「私もその先生と同じ! 紫穂は先生にむいていると思うよ。だって、育児のこととか、子供たちとの関わり合いかたを、よく心得こころえているじゃん!」



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