Gaslighting ④


「どうしてって……」


〝もうぜんぶ話したでしょ〟と云ったら、きっとお姉ちゃんはまた気分を悪くするんだろうな……。

だって、わからないから質問をしてきているんだもんね。


「わたしがこだわるのは、〝いまになって〟じゃない。

 最初に云ったけど、これはずっとあったものなの。ただ、さいきん、自分の死が近づいてきているのがわかって……お姉ちゃんも云ったように、自分のしたことがめぐりめぐって自分に還ってきたの。


 こんどはわたしが死ぬ番なの。わたしはそれを受けいれるけど──ただ、やり残しのないようにしたいだけなの」


「ああーもう、ぜんぜんわからない!」お姉ちゃんが金切かなぎり声にちかい声をあげた。「とにかく紫穂は、鳥海くんのお墓参りに行ければ、それで満足なのね?」


 そう云われて、わたしはちょっと考えた。「ううん。満足じゃない。わたしは、鳥海先輩の家族と話しをしなくちゃならない」


「──だから、どうしてにこだわるのよ!」お姉ちゃんがいよいよ感情的になった。「遺族の気持ちを考えてあげなって、云ってるでしょうが!」


「……家族の気持ちを考えればこそなのか、自分が確かめたいことがあるからなのか、わたしにはもうわからないけど……。なんだか、家族と会って話しをしなくちゃならないような気がするの」


わたしの声が、お姉ちゃんと反比例して弱々しくなってる。


「──〝家族〟と会って、なんの話しをするのよ! 紫穂はほんとうはなにがしたいの!」


 ずばり訊かれて、わたしは応えにつまった。


 あの話しを、いまここで──しかも電話で──しなくちゃならないの? あの、禍々まがまがしい記憶の箱をあけて? よしてよ……。考えただけで吐き気がする。心臓がドキドキとつめたく鼓動をきざむ。息も苦しくなってきた。


 この話しは、鳥海先輩の家族に会ってからのほうがいい。そうじゃないと、わたしがこわれる。

鳥海先輩の家族に会うまえに、わたしがつぶれる。

だから、この話しは、今はするべきじゃない。


 それに、お姉ちゃんも知ってるはずなのに……あぁ、そうか、お姉ちゃんはこの話しと、鳥海先輩とのことが繋がっていないんだ。──もしくは、なにかを知っているのか。


なにかを知っていて、わたしを守るためだかなんだか知らないけど、それをまた隠そうとしているのかもしれない。


 隠し事が好きなお姉ちゃんのことだもの。

きっとまた隠して、わたしを云いくるめて、なにかをもみ消そうとしているのかもしれない。

──そうよ。きっとそうよ。だからこんなに感情的になっているのよ。


 その手にのるもんですか。わたしは鳥海先輩のうちに、なにがなんでも行って、家族の人と話してやる。


それで、お姉ちゃんが隠したがっている真実をあばいてやる。──その真実が、わたしをほろぼすものであっても、わたしはそれが知りたいのよ。──ううん、知らなきゃならないの。


「わたしはただ……ほんとうのことが知りたいだけなの」

お姉ちゃんが疑心暗鬼になるように、わたしはわざと意味ありげに声のトーンをおとした。「鳥海先輩の家族の人と話せば、ほんとうのことが知れると、わたしは確信しているから」


 これでお姉ちゃんが〝かまかけ〟にひっかかって、すべてを話してくれればいいんだけど。


「……ほんとうのことって、なんなの……?」


お姉ちゃんが緊張をピンとはりめぐらせて、唾を飲みくだしながら云ったのが伝わってきた。……やっぱり、お姉ちゃんはなにかを知っているんだ。


 そして、それがわたしにあばかれるのを、極端に恐れている。


「ほんとうのことは、わたしにもわからない。だから家族の人と会って、それが知りたいのよ。鳥海先輩の家族なら、ウソをついたり隠し事もしないでしょう?」


これはわたしからお姉ちゃんへの、あきらかなイヤミだ。そのつもりで云った。


「ほんとうのことも知らないくせに、なにを云ってるの! そんなわけのわからないことを云って、あんたはまた遺族を傷つける気なのっ? そんなことするのやめなよう!」


お姉ちゃんが、まんまと逆上ぎゃくじょうした。「そっとしておきなよ! あんたが行って、むこうの家族をわざわざひっかきまわすようなマネをするなんて、私はそんなのをみすみす見逃すわけにはいかない。


 ──紫穂、鳥海くんの家に行くのはやめな!」


 ついにお姉ちゃんの口から、命令口調が飛びだしてきた。


……ふん。好きなように云ってなさいよ。わたしは、いまのお姉ちゃんのようすで、ますます確信したんだから。


 お姉ちゃんは、わたしが鳥海先輩のうちに行くことがイヤなんだ。お姉ちゃんにとって、都合が悪いから。


 もちろん、世間体せけんていとか、常識的にとか、むこうの家族を想えばこそとか……そんなれっきとした〝建前たてまえ〟もあると思う。


 けどお姉ちゃんは、なにかを隠したがってる。それを感じる。


「──そうね」とりあえずお姉ちゃんの命令口調にしたがうフリをして、同意している素振そぶりをする。「とりあえず、すぐには行かない。けどわたしはどの道、鳥海先輩のいえに行くことになると思う。──そう感じるの」


「だから──! どうしてそうなるのよ! 紫穂は自分がなにかを確かめたいって云うけど、なにを確かめたいの!」


 また、わたしの秘密の箱がうずいた。……苦しい。

 わたしは、なんとかして〝お姉ちゃんを誤魔化さないと〟と思った。

 そうじゃないと、わたしの心が──精神が──もたなくなる。

 お姉ちゃんは、わたしの確かな応えを訊くまで、ぜったいに引きさがらない。


 わたしには、確かめたいことがいくつもある。

だから、そのなかのひとつをお姉ちゃんに云うことにした。

気をそらすためのおとりとして。


「……あのね、わたし。中学のときに塾にかよっていたんだけど、そのときに相馬そうまたちが……あ、お姉ちゃん、相馬って覚えてる?」


「え、ああ……相馬?」お姉ちゃんは、拍子抜けたような声をあげた。「──覚えてるけど、なんでいま相馬の名前が出てくるのよ」


 心底、疑問そうにお姉ちゃんは訊いてきたけど、相馬は呼びすてなのね。鳥海先輩は〝くん〟づけなのに、相馬は呼びすてだなんて。

ふたりともおなじ後輩にあたるのに、すごい依怙贔屓えこひいき

相馬がかわいそう。



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