Gaslighting ①


 わたしは、実はすでに、鳥海先輩のうちを知っていたのかもしれない。記憶が繋がらないだけで。


 思いついたやいなや、あわてて、お姉ちゃんに疑問をつけくわえた。


「あの……もしかしてだけど、鳥海先輩の家って、マツキヨと公園のあいだにある?」


 小学生のころ、いっしょに遊んでいた心臓の悪かった男の子が、どうしてもひっかかる。──気になる。


 もしかしたら、その子が鳥海先輩なのかもしれない──と、わたしはそうにらんでいる。

 だってもし、その子が鳥海先輩だったとしたら、すべての辻褄つじつまが──わたしの、男の子を想う気持ちの答えも──合ってくる。


 だけどわたしのねらいとは裏腹に、お姉ちゃんからの応えは違ったものになった。


「ええ? マツキヨと公園のあいだ? ──それは、違うんじゃないかなあ? 私の記憶がまちがっていなければ、鳥海くんの家は、マツキヨの裏あたりのはずだよ。

 公園とのあいだなんかじゃないよ。マツキヨを中心に考えたら逆方向だよ」


「……え? マツキヨの……裏?」

「そう、裏」

「──お姉ちゃんは、どうしてそこが鳥海先輩の家があるあたりだと思うの? お姉ちゃんの記憶違いなんじゃないの?」


バカにした訊きかたにならないように、注意して云った。だって、おかしいじゃない。どうしてわたしの予想とズレているのよ……。


「ううん。記憶違いなんかじゃないよ」お姉ちゃんが「うーん」と記憶をさぐった。「小学校に行く登校班がかさなっていたから……うん、ちゃんと覚えてるよ」


「──はっ! 登校班?」えっ、登校班って、なに!

「そう、登校班。うちらの登校班と、鳥海くんの登校班が、通学路で少しかぶっていたんだよね」お姉ちゃんが、すこし迷惑そうに云った。

「私、弟の鳥海くんはよかったんだけど、お兄ちゃんのほうがキライだったんだよねぇ~。あれはもいじわるそうな顔をして、すごくイヤなヤツだったんだよ。


 紫穂、覚えてない? あのお兄ちゃんの顔。すごいいじわるそうだったよねぇ。紫穂は一番下だからいいけど、私、あの兄弟にはさまれていたからさあ」


「え、挟まれていたって、なぁに?」

お姉ちゃんがナニ語をしゃべっているのか、よくわからなくなってきた。


「ああ──私ねぇ、学年があの兄弟に挟まれていたんだよ。えー、紫穂覚えてないのう?」


「……え、いや、覚えているもなにも、なんの話し? お姉ちゃんは、なにを云っているの?──登校班が、かぶっていた?」わたしは、自分の頭が真っ白になっているのを自覚した。「──それじゃあ、なに? 鳥海先輩は、姫小ひめしょうだったって……こと?」


「え? そうだけど……。鳥海くんは、姫小で姫中でしょう?」お姉ちゃんが、当然だろうとばかりに云った。


「わたし、なんにも知らないんだけど……」わたしの口から、素っ頓狂すっとんきょうな声がでた。「鳥海先輩が姫ノ宮小……? うそでしょう? 鳥海先輩とは、中学がはじめましてだと思っていたんだけど?」


「え、なに云ってんの? ──紫穂、大丈夫?」苦笑にがわらいをすると、笑いながら怒り口調でつづけた。「ええー、覚えてないなんて、ちょっとショックだなぁ。あんたたち二人──あ、紫穂と弟の鳥海くんね──そう、登校班の時間がかぶると決まって〝ザリガニ〟がどうのとか云って遊びはじめちゃうから、班長をしていた私はたいへんだったんだよねぇ~。学校に、まにあわなくなっちゃうでしょうが」


「……そうだね、学校の登校時間にまにあわなくなっちゃうねえ」わたしはなんとかあいづちをうって、会話の調子をあわせようとした。「お姉ちゃん、ごめんね。……いまさらだけど」


「ほんとだよ! ──で、あのいじわるな兄貴のほうからは『妹のしつけがなっていない。弟に悪影響だから、そばに近よらせるな!』とか小憎こにくたらしいことを云われるしで。──あぁ、思い出したら腹がたってきた!


 妹のしつけもなにも、あんたは私の云うことを聞きゃあしないし、そもそもそっちの弟くんがうちの妹に話しかけてきたから、こうなってんでしょうが! って、あぁ~腹がたつぅ!


 あ、そうそう、思い出した! あんた、そんなこと云うお兄ちゃんにぶち切れて、お兄ちゃんのはらりをくらわせていたよねっ! そしたらお兄ちゃん、けっこう遠くにまで吹っ飛んじゃって! アハハー、思い出しただけでウケルわー。


 あんたの普段からのかん気の暴力には困ったもんだったけど、あの蹴りだけは爽快そうかいだったわっ!


 ──そういえばあのとき、弟くんもいっしょになってゲラゲラ笑ってたよね! お兄ちゃん面目めんぼくまるつぶれでやんの! ざまみろって感じだよ。まじであれは超うけたわ~。──てことはだよ、弟の鳥海くんも、お兄ちゃんのことを好きではなかったんだろうね、いまにして思えばさ!」


「──ちょっと待ってよ、お姉ちゃん」わたしは切実にうったえた。「それって、ほんとうの話しなのう?」


「ほんとうだよ!」お姉ちゃんはふくみ笑いをしながら毅然きぜんと云った。「うそを云って、どうすんのよ!」


「え、わたしたち、ほんとうに鳥海先輩と同じ小学校だったの?」


「同じだよ~。──なに、あんた、ほんとになんにも覚えてないのぉ?」


 わたしはここでフーと息をふいた。「──覚えてない。っていうか、ショックなんですけど」


「なにが? おなじ小学校で、ちょくちょく遊んでいたんだから、いいんじゃないの?」


「え……と、いや、だってそうなると、鳥海先輩は、わたしがその……暴力的な子だったって、知っていたことになるよね?」わたし、しゃべりかたがカタコトになってる。


「──そりゃ、知っていたでしょうねぇ。あんたは〝手がつけられない子〟で有名だったから」お姉ちゃんが声色をかえて、当時のわたしをあてこするように不満を突きつけてきた。


 わたしのおしゃべりが、いろんな意味でとまった。急停止した。脳内が錯乱状態で、さまざまな想いがせめぎあって大騒ぎしている。


 ──わたしの暴力的な一面が鳥海先輩にバレていた! あんなに必死になって隠しつづけていたのに! 隠しとおせていたと思っていたのに──。


 むしろ鳥海先輩の目の前でくりひろげていたなんて!

 ──鳥海先輩とわたし、同じ小学校だった!


 鳥海先輩のことなら、なんでも知っていると思っていたのに、わたしはぜんぜん──ほとんどの鳥海先輩を──知らなかった!


 お姉ちゃんのほうが、わたしなんかよりもよっぽど鳥海先輩のことを知ってる! ──高校も、同じだったわけだし!


 ああーもう! やきもちやいちゃうな!



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