Happy Birthday ⑨


「ねえ、お姉ちゃん。その話しって、またあとででもいいかな? 今はわたし、鳥海先輩の家が知りたいんだよね」


イライラしているのがお姉ちゃんにバレないように、注意しながら云った。


「いやあ、だって気になるじゃん。こうゆう話しって、なかなかする機会がないし……いやね、私、前々から紫穂に訊きたいなあと、思っていたことがあってさ」


 お姉ちゃんが言葉をきったところで、わたしはすかさず異論を割り込ませようと息をすった。──けど、お姉ちゃんのほうが声を早くあげて、わたしは負けた。


「大阪の伯父さんあんちゃんのことなんだけど」と、お姉ちゃんは早口で云った。「あのとき、あんちゃんが亡くなるのを、紫穂はどうやって知ったの?


 あんちゃんのも、夢で見たの? 私がお母さんから聞いた話しによると、


『紫穂があんちゃんからへんなにおいがするから、病院につれていけって云われたんだけど、私にはその臭いがわからなくって、病院につれていかなかったのよ~。あぁ~、紫穂の云うことをちゃんと聞いていれば、こんなことにはならなかったのに……』


って云っててさ、よくわからないんだよねえ。──ほらあの人、話したり説明したりするのが苦手な人じゃん? だから聞いているこっちもわけがわからなくってねぇ~。ほんとう、困っちゃう!

 ……紫穂はあんちゃんのとき、へんなにおいの夢を見たのぉ?」


 困っちゃうのは、わたしだ……。

こんなしょうもない世間話につき合わなきゃ、わたしは鳥海先輩の家の場所を知ることができないっていうの?


 それからふと、ある違和感に気づいた。──お姉ちゃんは、どうして〝わたしがそういうタイプ〟だと知っていた?


「お姉ちゃんは、大阪のあんちゃんのことをずっと不思議に思っていたから、だから今回、奇妙きみょうなことを云うわたしを、すんなり受けいれることができた……の?」


「まあ、それもあるけど……」釈然しゃくぜんとしない感じに、歯切れ悪く云って、苦笑にがわらいをした。「──あんたの場合それ以外にも、いろいろとあるでしょうよ? ねえ、今日はそれも訊いちゃっていい?」


 なんだか意味ありげにさぐりをいれられて、わたしの心は条件反射にすぐ身構みがまえた。


 お姉ちゃんがそう訊く理由の心あたりが、わたしには数知れず……。だから今回もとぼけることにした。


 そんな数知れないことにいちいち問答もんどうしていたら、時間がかかってしょうがない。


「……え? なんのこと?」

「そう! そうやってあんたは昔っから隠したがっていたよね! だから私はいままで、あえて訊かないでおいてあげたんけど……ねえ、教えてよ? 紫穂はさ──」

「ダメ!」

わたしは素早くお姉ちゃんの言葉をさえぎって拒否をした。「そんな話しをしていたら、時間がかかっちゃうじゃない。──ほら、いま何時よ? 明日の予定もあることだし、早く話しをきりあげようよ!」


「あー、ほんとだ。もう二時になっちゃうじゃーん」

お姉ちゃんがうめくように云って、わたしも時計を見た。


 ──ほんとだ。もう二時になる。やばい。はやく鳥海先輩の家の場所を訊いておかないと。


「じゃあさ、紫穂。〝今日は〟大阪のあんちゃんのことだけでいいから教えてよ」


好奇心のかたまりになっているお姉ちゃんに、こんどはわたしがうめき声をあげた。


「──その話しをしたら、こんどはわたしのターンで、鳥海先輩の家の場所を訊いてもいい?」


 わたしは約束のこぎつけにかかった。時間も時間だし。

わたしの話しを聞いたお姉ちゃんが〝はい、おわり〟と電話を切らないようにする必要もあった。


 ……あんちゃんのことは、べつに隠しておくことではないけど、この場合は保険に使えるな──そう思ったところで、これはブラックジョークにもならないなと、自分にさす嫌気いやけを感じた。


「いいよ」お姉ちゃんがあっさり快諾かいだくをした。「で、どんな臭いだったの?」


 わたしは天井を見上げて息を吐いた。それから、大阪でなにがあったのかを淡々たんたんと話していった。


***


「──だからそれも、顔に書いてあった」


 あんちゃんは、自分の死期しきをさとっていた。

わたしが「お母さんもお祖母ばあちゃんも心配するだろうし、わたしもあんちゃんがいなくなるのはイヤだから、一度病院に行って検査をして、どこが悪いのか診てもらってほしい」と切実に云っても、


「大丈夫、だいじょうぶ」と云って、取り合ってもらえなかった。だからわたしはあんちゃんの深層しんそうを知りたくなって、目をジッと見つめた。


 あんちゃんは、このまま死ぬのを望んでいた。病院に行って助かるよりも、このまま死んだほうが家族のためになると本気で考えていた。


 年老としおいいたお祖母ちゃん──あんちゃんからしてみれば、お母さん──がいる。そして、お祖母ちゃんの介護のために大阪へ戻ってきたお姉さん──わたしから見れば、わたしのお母さん──も、この新築の家にいる。


 いろいろとお金がかかるこれから先のことを考えれば、このまま自分が病死したほうが、住宅ローンの保険が適応されて、新築の高額ローンは免除され、残された家族は生活がラクになる。……そう考えていた。


 電話のむこうで、お姉ちゃんが絶句した。


「こっちに帰るまぎわ、あんちゃんはわたしにいろいろと教えてくれたよ。口には出さなかったけど、顔にぜんぶ出てた。……あんちゃんは、隠し事をするのが苦手だったんだね」


「……いやいや、違うでしょう。そこがあんたの〝そうゆうタイプ〟なんだよ。わかる? あんちゃんは、ちゃんと云わなかった。誰にもなんの説明もしなかった。だけど、あんたはそれを〝見抜いた〟。そういうわけね。それなら、この話しもにおちるのよ、私は」


「……ああ、そっか……そういうことか」


わたしも、自分にストンと落ちてくるなにかを感じた。……そっか、これが〝腑におちる〟というものなんだ。


「はあ? あんた、自分のことでしょう? なんで自覚してないのよ」お姉ちゃんがもどかしそうに云った。


「いや、そのときは無自覚だったというか、わたしの勘違かんちがいかもしれないと思ったりして──。あとから〝ああやっぱりそうだったんだ〟って、答え合わせをしている時期でもあったし。


 ──だって、自分にそんな直感力があるだなんて、ふつう信じられないでしょう、厨二病じゃあるまいし。──頭がおかしいって思われるのもイヤだし。云えないよ、そんなの……」


「……まあね、たしかに、なんて表現したらいいのかわからないことではあるよね、そうゆう……直感力?」


お姉ちゃんは笑いながら〝直感力〟と云って、わたしに調子を合わせてくれた。

 霊能力とか、スピリチュアル的な表現しないでいてくれたことに、お姉ちゃんのささやかな優しさを感じる。ありがとう、お姉ちゃん。


「そう、直感力」わたしも笑いながら云って、そしてここから声色をかえた。「ねえ、お姉ちゃん。わたし、思ったんだけど──この話しでわたしの直感力の信憑性しんぴょうせいがあがっちゃったじゃない?

 そうなると……わたしが感じた自分の死期の時期だとか、見た夢が、ますます怖く感じてきたんですけど……」


「あ、あぁ……そう、だよね……」お姉ちゃんが息を飲んだ。わたしは、自分がやっぱりかなり良くない状況なんだと、あらためて悟った。


「お姉ちゃん、こうしちゃいられない。鳥海先輩の家がどこにあるのか教えて。──いますぐ」


もはやお姉ちゃんが知らないかもしれないという危惧きぐ皆無かいむだ。

お姉ちゃんなら、知っているはずだと、直感がげてくる。──それから、もうひとつの疑問のひっかかりも、直感がうったえかけてきてる。


 もしかしたら、これもひとつに繋がれば、すべてが解決するかもしれない。



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