Happy Birthday ⑧
「鳥海先輩のときの夢は……」
なんとか声を出したけど、自分の耳にもおぼつかない口調に聞こえた。
「わたし、夜のログハウスのなかで、みんなと
……ステーキか、なにか……お肉を食べていた。
オイルランプのオレンジ色の明かるい
ログハウスの真ん中には熊の毛皮が飾られてあった。
『毛皮にあいているこの穴が、銃の
わたしは、狩人たちが、なんのてらいもなく命を
そのとき、わたしが座っているうしろのほうから、気配がしたのよ。……だれかが、ログハウスに入ってきたの。
わたしは振り返らなかったけど、あとから来たその人は、わたしが座っているテーブルまでスーと来て、横に立った。それで、立ちっぱなし。
その人はなにも云わずに、ずっとそこに立っているだけなの。
わたしもわたしで顔をあげずに、視線を動かしたくなかったから、料理をジッと睨みつけて、わたしの両手はテーブルクロスの赤のギンガムチェックをギュッとにぎりしめて、ふるえていた。
──わたしは怖かったのよ、その人が。
わたしは、その人になにかを──なにをやってしまったのかは、わからないけど、とにかく、なにか悪いことをしてしまっているの。……だから、
わたしそう思って、怖くて顔をあげられなかった。その人の顔を見るのも怖かった。その人の……悲しい顔、傷ついている顔を見るのが怖かった。
そしたらね、その人が『──もう待てない。……おまえが、遅いから……』て、ぼそりと云って、スーっとログハウスから出ていってしまったの! そしたらわたし、こんどは無性に
さっきまで顔も見ることができなかったのに、わたしは慌ててその人のあとを追いかけた。
『──待って! ねえ、待ってよ! わたし──わたしの目を見て! わたし目覚めたから! 目を見ればわかるでしょう! ねえ待ってってばっ!』
わけのわからないことを
外は砂浜で、わたしは辺りを見回して、その人の足跡を追った。夜の砂浜を走った。
『ねえ待って! どこに行くの! ──待ってよっ!』
呼んだけど遅くて……その人は海に消えた。
砂浜にうち寄せる波の海面に、その人の足跡の波紋がてんてんとつづくばかりで……その人は消えた。──沈んだんじゃない、消えてしまったの。
『あああーっ!』わたしは叫び声をあげた。『やだ! やだ! ──だめ、いかないで! ──お願い!
……わたしが遅かったから? わたしが遅すぎたから? ──やだーっ! だめ、だめーっ! 戻ってきて! 戻ってきてようっ!』
わたしは叫び声をあげて、夢から覚めた。
覚めたあとも、夢の余韻はなまなましくつづいていて、わたしは体をふるわせながら泣きわめいた。
とりかえしのつかない
わたしは罪悪感と喪失感をかかえて泣いた。
それから、何日かしたころ、部屋の片付けをしていたら鳥海先輩からもらったカフスボタンが出てきた。
……そしたら、一週間くらいしたら、駅まで歩く道のりで、白地に黒枠の看板で〝鳥海家〟と書かれた、葬式の道案内をする標識をあっちこっちで見かけた!」
云いきったら、わっと涙があふれた。
「……紫穂」お姉ちゃんが、小さく云った。「どうして、そのときに……」
「だって! そのときはまだ自分を知らなかったんだもん!」わたしは声をはりあげた。「わたしはまだ、そのころ、虫の知らせとか、そういうのは信じていなかった! ──それに、どうして…──よりにもよって鳥海先輩なのよ。……どうして。……そんなの、信じられるわけないじゃない。
あのお葬式の道案内の看板だって……〝まさかな。そんなな。鳥海先輩の家のわけがない〟って……」云っているうちに、お姉ちゃんが息を殺してシンとしていることに気づいた。
「──まさか、あれが? あのときの、あれが、そうだったというの? ──わたしは鳥海先輩
半信半疑で訊いた。お姉ちゃんは一呼吸おいてから、重い口を開いた。
「そうだよ。紫穂が一人暮らしをしていたアパートの近くに、鳥海くんのお
お姉ちゃんが、やっと〝家族〟と云った。
……ああ、でも、そんなことより……なに? わたしは、じゃあ、なんなの? ──わたしは、わたしの中身は、とっくに鳥海先輩の死を知っていたの?
わたしが、見向きもしなかっただけで、とっくに……。
あの夢で、わたしはたいへんな後悔の念をうけたのに、
わたしは、自分に愕然とした。
……だから
そう思ったら、死の恐怖がますます色濃くなった。
──わたしは死ぬ。近いうちに。遅かれ早かれ、わたしは死ぬんだ──。
死ぬまでにやっておかないと、わたしはもう後悔なんて、したくない!
「お姉ちゃん、わたしはいま一生のお願いを使う。──鳥海先輩の家がどこにあるのか、具体的に教えて」
「……教えるけどさ、紫穂はどうしてそういうのがわかるの?」
わたしがこんなにも危機迫っているのに、お姉ちゃんがのほほんとした感じに訊いてきて、脳が一瞬フリーズした。
「──え、なに? なんの話し? そういうのがわかるって、なんのこと?」
「だから……虫の知らせとかなんとかって云ってたじゃない? あれって、どうゆうふうに感じるのかなあって、思ってさ……」
お姉ちゃんはのんびりしながら、そして、そこはかとない好奇心をにじませてる。
はっきり云って…──いまはそんな話し、どうでもいいでしょう!
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