Happy Birthday ⑦
「……わたし、このあいだ、夢を見たの。……うたた寝をしている時に。
──わたしが、うたた寝だよ? 信じられる? 不眠症のわたしが、うたた寝をしたの。
それまでのわたしはうたた寝どころか、まともに眠ることも困難だったのに、うたた寝ができたの。
だから、眠る直前は『ああ、わたしはようやく〝まとも〟になってきたんだな。治療の成果がやっと出てきた。これでわたしは少しづつよくなって、いずれは薬なしで眠れるようになる。……もしくは、いまのわたしは、そうとう疲れがたまっているんだな。……とりあえず寝よう。いまは眠いんだから』って、そう思って寝たの。
──そしたら、夢がっ!
ひどい夢だった! わたし、泣きながら起きたの!」
云いながら、見た夢を思い出して、また涙があふれてきてしまった。……苦しい。……痛い。……もう、死んでしまいそう。
電話のむこうでは、お姉ちゃんが固唾を飲んで、息をひそめてる。
わたしの見た夢を、怖がりながらも知りたがってる。わたしはお姉ちゃんになんとかわかりやすく、なんとか伝わるように、見た夢を話していった。
「わたしね、未来の夢を見た。……わたし、未来では女性をやっていて、ラジオかなんかの
そのころには──未来では、もう〝ラジオ〟なんていう定義のものじゃない。ラジオが、もっと進化したものだった。
音楽と映像が、DJの音声と動画といっしょに〝その場に居るかのように〟配信できる時代で、人々はニュースを見るみたいにラジオを観ている時代だった。
わたしはDJのたまごのアシスタントから、ようやく一人前になろうとするころで、あくせくしながら仕事をこなしていた。そこで、わたしは年代ものの掘り出し物PV《プロモーションビデオ》を見つけて、一喜一憂していたの。
先輩DJと『どれ、その掘り出し物を見てみようじゃないか』
『これはぜったいに
ほんとうに昔は、素晴らしいクリエイティブな人たちがそろっていたんですね!』
『あいかわらずキミは昔
それじゃあ、みなさん。観てみましょう!』っていう会話をして、わたしは
そのPVが、■INKIN PARKの〝■n Pieces〟だった。
その映像は、わたしの知るかぎり公式ではない。これから……あとからつくられたPVなのよ。いまはまだ存在していない。
そのPVは、あえて8mmフィルムで撮影されていて、草原でシートを敷いてピクニックを楽しむセピア色の恋人たちが映しだされていた。……
その映像の下に〝■n Pieces〟の歌詞が、──カラオケみたいに──万年筆で書き流されていく。映像の
歌の間奏では、HAPPY BIRTHDAYの文字と、手書きのケーキの絵。……彼が、恋人の彼女のためを想ってつくった、愛情あふれる、そういうPVだったの。とても深い愛情を感じられる映像よ。
でもこの歌詞や曲調は、そんな幸せな映像とは真逆なものなのよ! こんなひにくってないわ! このPVをつくった人は、あえてそういう作品にしたのよ。
ほんと、素晴らしいったらないわ! 曲の歌詞に、せつなくも深い愛情を感じさせる、素晴らしい作品に仕上がっていた! わたしは夢のなかで心をうたれ泣いて、現実に泣きながらもどってきて、目を覚ました。
目を覚ましたら、ぜんぜん違う意味で泣いた。わたしは、怖くなったのよ──。
……お姉ちゃんは、■INKIN PARKの〝■n Pieces〟の歌も、歌詞の意味もわからないから、こんな夢の話しを聞いたって、わかりっこないよね。
ごめんね、わけわかんなくて。
でもね、知っている人なら、
……ねえ、お姉ちゃん、知ってた? わたしね、もうそろそろ誕生日が近づいてきているの。
それに最近、やたらとマーガレットの花を街のあちらこちらで見かける。……きっと、いまのこの季節の花なのね。
その白い花をイヤでも見かけるし、そんな夢を見てしまったのもあって、なにかを
──マーガレットの花言葉は、〝秘密の恋〟〝真実の愛〟だった……。
ねえ、お姉ちゃん、この夢はどうゆう意味だと思う? わたし、怖いの。
……死が、足音をたてて、わたしに近づいてきているみたい。
わたし、怖くて、いてもたってもいられなくなって、それで、いろいろと考えた。
──その時がきたとき、やり残していることがないように、死ぬまでにやっておきたいリストを作った。……鳥海先輩のことは、わたしが死ぬまでにやっておきたいことで、最優先・最重要事項なの」
「紫穂! へんなこと云うのやめてよう!」お姉ちゃんが泣きそうな声をあげた。「あんたはただでさえ、そういうことに〝かん〟が働くとゆうか──そういうタイプなんだから──やめてよっ! 紫穂が死ぬなんて……やめてようっ!」
わたしも
「しょうがないって……」
「そうよ……鳥海先輩のときだってそうだった。わたし、そのときもへんな夢を見た。いまならわかる。──そうよ、その時期と同じ時期だった。
すごく怖い夢だった──だからずっと覚えてる。
今回見た夢は、そのときに見た夢と感覚が似ているのよ! ……だからわたしはよけいに怖いんだ!
──わたし、きっともうじき死ぬと思う。時間がどんどんなくなってきているのを感じる……。まるで手から、砂がさらさらとこぼれていくよう」
「だから、やめてって……」お姉ちゃんが疲れた感じにうめいた。「ねえ、紫穂?」
「……うん?」
「鳥海くんのときは、どんな夢だったの?」訊きにくそうに
訊かれたわたしは、そのときの夢を憶いだして──全身から力がぬけた。
体の重みにたえられなくなって、わたしはその場に座りこみ、壁にもたれかかった。
夢を見たあとの、あのたえられない哀しみ。
とりかえしのつかない
たいせつな〝なにか〟が、自分のせいでなくなってしまったという
それら全部がわたしを包み、のみこんで、どこかに引きずりこもうとする。……これが〝死〟だ。死の感覚だ。
わたしはまわる
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