Happy Birthday ⑥


「──ありがとう!」わたしは泣いた。涙があふれた。


 これまでの……いままで一人ぼっちだった悲しみがむくわれたようで、嬉しかった。お姉ちゃんの優しさと愛情にも、心がふるえる。

 わたしのいままでは、けして無駄ではなかった。


「もう! 泣かないでよ! なんだかこっちまで泣けてくるじゃない」

お姉ちゃんがれくさそうに、声をふるわさせてる。ほんとに泣くのをこらえているのがわかる。


「お姉ちゃんも子供を産んで、涙腺が弱くなったんじゃない?」わたしも声をふるわせて、冗談めかした。


「かもね。……ああ~もう、ほんとう、紫穂には、してやられちゃったな」

お姉ちゃんは白旗をあげたけど、すぐにわたしの痛いところをついた。

「でもさ、訊いてみるのはいいけど、それでも場所がわからなかったら、どうするの?」


「そのときは……」わたしは唾をゴクリと飲んで、涙を素手でぬぐった。「お姉ちゃん、鳥海先輩の家を知ってる?」


「──は!」


「そうなの……。もし、お墓の場所がわからなかったら、わたしは鳥海先輩の家に行って、ピンポンする」

「えぇっ! それはダメだよ! 紫穂、それはぜったいにダメ!」お姉ちゃんがあわてた。

「やっぱり、お姉ちゃんもそう思う?」と、わたしはお姉ちゃんの意見をうながす。


「そう思うよ! だって、ピンポンをして、直接家の人にお墓の場所を訊くんでしょう! そんなのダメ!

 私だって、それはさすがに止めるよ! ダメダメダメダメ、ぜったいにダメ! …──ああ、紫穂がさっきから云ってた『とめて』の意味が、ようやくわかった!


 鳥海くんの家に押しかけピンポンをする紫穂を、私はとめる役割なのね。あぁ~、よくわかった!

 ……なによ私、責任重大じゃない。まったくもう~、紫穂は~」


電話のむこうで、お姉ちゃんが頭をかかえている姿が想像つく。ほんとに、つくづく、申し訳ない。


「お姉ちゃん……重ねがさね、ごめんね。でも、ありがとう、わかってくれて」わたしはひかえめに声をかけた。

「紫穂がその気なら、私はなにがなんでも阻止そししなきゃだね。──だいたい紫穂は、鳥海くんの遺族いぞくの気持ちを考えたことがあるの?」


 ──遺族。

遺族だって。


 家族じゃなくて、遺族だとお姉ちゃんは云った。……やっぱりお姉ちゃんは、いろいろと〝まとも〟なんだね。


「──遺族。お姉ちゃんは、鳥海先輩の家族をそう呼べるんだね。

……わたしは、とてもじゃないけどそんなふうには呼べない。……まだ。いずれは、そう呼べる日がくるんだろうけど、いまは、まだムリ」


「紫穂はそうだよね」はっきりとした、トゲのある口調が始まった。「だって鳥海くんが亡くなったのを、紫穂は知ったばかりなんだから!」


 グサリときた。お姉ちゃんが突き放す云いかたをしただけじゃない。いまのお姉ちゃんの言葉には、はっきりとした悪意がにじんでいた。


 お姉ちゃんは、どういうつもりでこの言葉を云ったのだろう。十六年前、お姉ちゃんが鳥海先輩のお葬式のことをわたしに話してくれていたら、こんなことにはならなかったのに。


 教えてくれなかったのは……わたしに隠していたのは、お姉ちゃんでしょう? それなのに、どうして、こんな云いかたができるの?


 まさか、いまさらわたしを傷つけるため? 恋敵こいがたきの妹を突き落としたって、肝心の鳥海先輩はもういないんだよ? お姉ちゃんは、なにを考えているの? それとも、わたしを想って……鳥海先輩の家に行こうとするわたしをとめるため?


 お姉ちゃんは、わたしがショックで息をとめているあいだにも、シレっとしゃべり続けてる。


「──でも、遺族でしょう? まあべつに家族でもいいけど、この話しの場合は遺族だよね? わかる?」

「……うん、わかるよ」わたしはなんとか返事をした。


「だから、遺族の気持ちを考えてあげてよ」お姉ちゃんが子供をしかりつけるように云ってる。「せっかく傷がえてきているかもしれないのに、あんたがいま行ったら、その傷をむしかえされてしまうわけでしょう?

 あんただってそんなことをされたら、イヤな気持ちになるよね? ……あれから、何年たったって云ったっけ?」


 わたしは、こっそり深呼吸をしてから応えた。


「わたしの記憶と、聞いた話がまちがっていなければ……いまから、十六年前」


「──ねえ! 十六年だよ!」お姉ちゃんは声高に云った。「紫穂、やっぱりちょっと異常だよ。やっぱりお墓参りはやめておきなよ」


「わたしは行くよ」わたしは息継ぎを意識しながらハッキリ断言した。「わたしだって、家族の人がどう思うかを考えた。お姉ちゃんの云うとおり、傷口をまた開いてしまうかもしれない……って。

 わたしは家族の人に、ののしられたり、罵倒ばとうをあびせられるかもしれないと、そこまで考えているし、覚悟もしてる!


 鳥海先輩の家に行って、家族の人と会うのは、わたしだって怖いの! ──わたしも、ぜったいに傷つくから。でも、そんなことを云っているうちに、こんなに時がたってしまった。


 わたしは、十六年間も逃げてきた。……傷つきたくないからっていう理由で、十六年も。……もう、逃げちゃいけない時なのよ。わたしには、時間がないの。……もう、その時が、さしせまっている。それを、感じる。

 だからお姉ちゃん! どうかお願い! わたしに、鳥海先輩のことで知っていることがあれば、ぜんぶ教えて!」


……もう、隠し事とか、駆け引きなんていうのはこりごりなのよ。もうたくさん! もう充分よ! わたしには、そんなことをしている時間も余裕もない。


だからお姉ちゃんも洗いざらいぜんぶ話してちょうだい。……じゃないと、後悔することになるんだから。……話さなきゃ、それこそ呪ってやる。


「紫穂、時間がないってなに! どういうことなの! なんで時間がないのよ? なにがあったの!」


お姉ちゃんが、わたしが切羽詰せっぱつまっていることをやっと感じとって、語気をあらげた。


 わたしはぜんぶを……素直に話すときめた。だから、話す。ありのままの自分を。



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