Happy Birthday ⑤


「……人って、ポジティブになる響きのいい事にだけは──カリスマとか──それを信じて、見れば納得をするくせに、

わたしみたいな逆のマイナスイメージだと、とたんに受けいれなくなるよね。……まあ、わたしはそうなる理由も勉強してきて知っているんだけど。

 ──人って、未知の生物だとか、未知の存在を怖がるじゃない? ……それこそ、✖️-ファイルじゃないけど」


 わたしはジョークのつもりで云ったけど、電話のむこうからは、笑い声がしやしない。

 しょうがないから、話しを続けよう。そのうち口を挟んでくるだろうし。


「そんな未知なものがそばにきたら、人は不安になってしまうらしいの。

 自分がいままで会ったことのない、未知の存在をまのあたりにしたとき、とりあえず攻撃してしまうんだって。

 テレビでも、専門の学者さんたちが云ってた。〝生存本能が働く、正常な反応なんだ〟って。

 人や動物は、脅威きょういにさらされると、身を守ろうと保身して、脅威を遠ざけようと攻撃をする。

 ……わたしは、そういう存在なのよ。ありがたくもないことにね。

 ……これだけ人生をかさねてきたから、わたしは自分がそういう存在だって、自覚してる。


 学校の友達とかでもそう。どうしてわたしが行くと、不穏ふおんな空気が流れるのかな? って。

 それまではクラスで平和そのものに過ごしていたクセに、わたしが近づくと、みんなへんになる。


その場にいる人たちだって、なにも自分が悪者になりたいわけじゃないのに、気づくといじわるでイヤな人間になっちゃって、わたしを攻撃してしまっているの。……へんでしょう?


 わたしも、それに気づいたときは『なんで?』って思ったよ。

 それでいろいろと勉強をした。心理学とか。〝対人は、自分の鏡なんだ。自分の態度や内面が相手に移って、それが反映される。

 だから相手に好意をもたれたいのであれば、自分が好意的になること〟だとか。


〝人は金銭的にまずしくなると、心まで貧しくなるんだ〟だとか。


 なるほどそうかと思って、わたしもいろいろと実践じっせんをした。わたしは恵まれたことに、そういう実験を多くできる環境に身を置いて仕事をしていたから」


「それって、夜のこと?」お姉ちゃんがやっと、少しは好意的なあいづちを打った。


「そう、夜で働いていたとき。そのときに、たいはんの実験をおえた。その仮説っぽい理論も実証した。……だいたいは、理論どおりだった。

 ──けどね、わたしはやっぱりダメだった。

 夜の友達とすごしていて、その場ではうまくいったのよ。でも、長続きはしなかった。けっきょくみんな、裏ではわたしの陰口を云っているの。

 ご丁寧に人の粗探あらさがしなんかして、わたしっていう人間をどんどん減点していって、友達をやめる理由だとか、いじわるをする理由をつくってる。


 ひどい子なんて『理由はないよ。ただ、あなたといるのがイヤだから』って云って離れる子がいた。……まあ、それはそれで、わかりやくすて、素直に云ってもらえて、むしろ良かったと思ったりもしているけど。


 だからわたしがどんなに友好的にしようと、そんなのはただの表面上のうわべだけの関係で、その場しのぎでしかなかったのよ。


 ……お姉ちゃんもいまのわたしの話しを聞いて、ぶっちゃけ、心あたりはなぁい?

『私もあんたのことをなんだか知らないけどイヤだと感じるときがあった』

『なんだか知らないけど、気にくわないときがある』って……」


 わたしはなかばあてずっぽう、なかば肌で感じていることを訊いてみた。


「うん……それは、そう、だね」云いにくそうに認めた。「そう感じるときはあった。あんたには悪いと思うけど。

 ……でも、紫穂のいまの話しを聞くかぎり、私のこの反応は悪くはないんでしょう? 正常な反応だって、云ってたよね?」


 なんだか云いわけっぽく云ってるのを聞いて、わたしは〝やっぱりそうなんだ〟と、落ち込んだ。


「……うん。正常な、反応だよ」力無くフォローをいれる。「身内のお姉ちゃんですら、そうなんだから、赤の他人の人たちはそれをもっと強く感じていたと思うの。

 だから……わたしは友達をつくるのをあきらめた。

 わたしは自分にがっかりしたし、自分がこんな星のもとに産まれたのが悲しいと思った。

 ──でも、最近になって、そうじゃないってことがわかってきたの。どうも違うらしいぞって。

 いまの職場でそれがわかった。わたしに友好的にしてくれる人が、大勢いるのよ。

 がんばってるわたしを見て、応援してくれる人がいる。落ち込んでいると、はげましてくれる人がいる。『紫穂さんはいっつもニコニコしていて、紫穂さんのお日様みたいな笑顔を見ていると、私はいつも元気をもらうのよ。だから、がんばってね』そう云ってくれる人がいっぱいいるのよ。びっくりでしょう? わたしもびっくりしてる。感謝もしてる。まるでこれまでの人生が逆回ぎゃくまわりを始めたみたい。


 それでなのか、わたしはあることに気づいた。いままでわたしが出会ってきた人たちは、わたしに嫉妬していたんじゃないかって。わたしに、やきもちを焼いていたんじゃないかって」


 わたしはここでわざと話しを切った。〝正常な反応をする〟お姉ちゃんの声が聞きたかったから。

 お姉ちゃんは黙りこくってる。まるで、痛いところをつかれたみたいに。

 わたしはこの反応をYESととって、話しを進めることにした。

 わたしは、お姉ちゃんや、いままで出会った人たちをめるつもりはない。


「……そういう、いろんなことに気づいたから、わたしの今はいろんな意味でのターニングポイントなんだと思う。

 ──だから、鳥海先輩のお墓参りにいかなきゃ。お姉ちゃん……お願い、協力して」


 無理やりな云いぶんのような気もしたけど、わたしにはこれしか──お姉ちゃんしか、頼りの綱がない。


「わかった……」とうとうお姉ちゃんが根負けした。「どうにか、訊いてみるよ。──もう、紫穂は! 私に感謝してよねっ!」



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