Happy Birthday ③


 けどいまなら、記憶の闇をとっぱらったいまなら、いろいろとおもいだせる。──お姉ちゃんがどれだけ、いじわるだったのかも。でも、それももういい。


お姉ちゃんがわたしを良く想っていないことは、百も承知している。わたしを傷つける言葉のやいばをバサバサあびせてくるのも知っている。だからわたしは、この話しをする相手をお姉ちゃんに選んだ。


 それに、お姉ちゃんは、かわった。〝人はかわらない〟ってわたしは思っていたけど、人はかわることができる。

いまのお姉ちゃんは子供を二人産んで、かわった。

いじわるな部分が激減して、まともに話しができるようになった。


 それでも、となれば〝いじわるな部分の本領ほんりょう発揮はっき〟するだろう。そのは、わたしの暴走をとめるときだ。


 わたしは、お姉ちゃんに、暴走するわたしを言葉の刃でもって、とめてもらいたいんだ。

 逃げたわたしをばっしてくれる役割でもある。……そうよ。わたしはばつを受けなきゃならないのよ。


「……それで、お姉ちゃん」わたしは生唾なまつばを飲みくだして、傷つく心の準備をした。「ほかに、なにか思いだせる? ……そのお葬式がいつだったとか」


「えー、たしか、このくらいの時期だったんじゃないかなあ?」

あいまいな感じにとぼけられた。わたしは、確実な情報がほしい。


「田んぼに水がはいって、田植えがおわって、田んぼから吹く風が気持ちいい、この季節?」念をおすように訊いてみる。


「うん……そうだと、思う。……ねえ、紫穂。どうしてそんなに詳しく知りたいと思うのぉ?」

お姉ちゃんが少しまごついてる。ま、それもしょうがない、わかってることよ。それでもわたしは、ありのままの自分を話すだけでいいんだわ。素直になるってきめたんだから。もう、それだけでいいのよ。

……もう、がんばって運命に逆流する必要はない。


「わたし、鳥海先輩が死んじゃってるって、やっぱりどうしてもまだ信じられなくて──だから、確かめずにはいられないのよ。笑っちゃうでしょう? ──ここまできて、まだ信じられないのか? って。


 わたしだって信じようと思った時期もあったよ? けどね、信じようと……受けいれようとするたびに、心が、胸が、引き裂かれるように痛むの。──いまこうして話しているあいだも、〝鳥海先輩が死んでしまったこと〟を口にするたび、ここが、痛い。苦しい。──まるで魂がえぐりとられているようで……ねえ、これってなんなの?


 お姉ちゃんは鳥海先輩の死をっ…──平気で……なんてことないように──ああ、そうよね。鳥海先輩の死から、これだけの時間がたっているんだから、そりゃ、哀しみもえて普通に、普段どおりになるよね。


 でもそれが悪いことだとは云ってないから。さっきも云ったとおりで……。

 大切な人が死んでしまうのは、とても受けいれがたいことよ。でも、残された人は生きていかなきゃならない、そうでしょう?

 ずっと哀しみに明け暮れているわけにもいかない。それはわかってる……わかってるのよ。わたしも頭ではわかってる。わかってるのに、でも、ここが──胸が──こんなにも苦しいの。

 お姉ちゃん、わたし……どうしたらいいのか、わからなくなっちゃって……お姉ちゃん、助けて……」

わたしは泣くのをこらえて云った。


「──助けてって! そんなことを云われたって、私に、どうすることもできないでしょうが……!」お姉ちゃんの口調があらいだ。「紫穂は私にどうしてもらいたいのよ? 優しい言葉をかけてもらいたいんなら、かけるけど、でも──違うんでしょう? 紫穂は私に、なにを求めているのよ!」


「わたしをとめてほしい」わたしは冷静に伝えた。「……それから、鳥海先輩のお墓の場所を教えて」


「……えぇ?」お姉ちゃんの声が少し裏返った。「とめてって……ああ、さっき云ってた、あれ? それが、このことなの?」

「そうだよ……」わたしは浅くなっていく呼吸に意識を集中させた。過呼吸で意識がとばないように、ゆっくり深呼吸をしなきゃ。「お姉ちゃん、わたしに、お墓の場所を教えて」息つぎしながらはっきりと、強めに主張する。


「え……と、そう云われてもねぇ。……私、お墓の場所、知らないんだよね」

テヘぺロといった具合に云われて、わたしは崖っぷちに突き飛ばされたような衝撃をうけた。


「──はあ? 知らないって……そんな、そんなわけがないでしょう……! お姉ちゃんなら知ってると思ったのに──」

ここまで云って、わたしは山形やまがたの大好きなお婆ちゃんが亡くなったときのことをおもいだした。


 お葬式のときは、親戚一同が、遠路はるばるやってきた。

そのあと火葬され、お婆ちゃんは軽くてもろい骨になってしまった。

まだ熱く、めぬ骨を慎重に骨壷へといれていって……そのあとは? 四十九日がすぎるまで、飾られていたんじゃなかったっけ? お墓に納骨するときは、それこそ、家族にだけ身守られて……。


 だから、友達なんかが、神聖な納骨式に出向くことなんて、ないのよ。──どうしよう。


「──そうだよね。お墓がどこにあるかなんて、お姉ちゃんが知るわけ、ない。……わたしは、いったいなにを考えているんだろう。こんなことにも頭がまわらなくなっているだなんて……。ほんと、どうかしちゃっる。……お姉ちゃん、わたしどうしよう。──わたし、鳥海先輩のお墓にいって、ちゃんとお墓参りがしたいのに……わたし、どうしたらいいの?」


「うーん。……まあ、訊けばわかると思うよ? ハヅキとか……あのあたりに訊けば、わかると思う」

お姉ちゃんがこざっぱりとした感じに云って、わたしはそれにすがるように飛びついた。

「えっ! ほんとうっ? ──あぁ、お姉ちゃん、どうもありがとう! ──て云ったも、まだなんの進展もしていないけど──ありがとうっていう感謝の気持ちを伝えずにはいられない! ありがとう! いそがしいお姉ちゃんが、頭がおかしくなってるわたしのために重い腰をあげて、友達づたいに訊いてくれるんでしょう? ああ、ほんとう、ありがとう!」


「──えぇ? 頭がおかしいっていうのは、ちょっと自分に云いすぎなんじゃない?」苦笑にがわらいしながら教えてくれた。「鳥海くんのお墓参りに行くのは、私はいいと思うよ? ──とめる理由なんてないじゃない。お墓参りに行くことは、悪いことじゃないでしょう? だって、その人のことを想って行くんだから、なにも悪いことをしているっていう云われはないでしょう」──おお、

まともなお姉ちゃんが云うと、すごく説得力がある。


 わたしは強く背中をおされたような気がした。

 ……大丈夫。きっとお墓にいける。


「お姉ちゃんにそう云われると、すごく心強い」

「だけどね」お姉ちゃんが声のトーンをさげた。「鳥海くんのお墓の場所を訊くのはいいんだよ。いいんだけど、その…──なんて訊くのよ?」

かなり困ったようすだ。


 ……うん。なるほど。お姉ちゃんのいわんとすることが、よーくわかった。



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