Happy Birthday ②


「──え? 立高たちこう?」わたしは仰天した。「立高って、立川たちがわ高校のことだよね? ──鳥海先輩って、お姉ちゃんと同じ立高だったの!」


 なに、その話し。なにこの情報。わたし、鳥海先輩が立高だったなんて、知らなかったんですけど。どうしてお姉ちゃんはもっとはやくに教えてくれなかったのよう!


「え? そうだけど……紫穂も知ってるはずでしょう? だって私は、紫穂から聞いたんだよ?」お姉ちゃんは不可解そうに云ったあと、なぜか、ふくみ笑いをした。「だって紫穂、私に泣きついてきたじゃん、覚えてないのぉ~? 『鳥海先輩がお姉ちゃんとおんなじ立川高校に行っちゃうー! ねぇえ、おねーちゃーん、わたしも立川高校に行きたいよー! わたし鳥海先輩と同じ高校じゃないとやーだー、うわーん』って。

 だから私は、鳥海くんが入学する前から、彼が入学してくるのを知ることになったんだけど……」


お姉ちゃんがいやみったらしく、わたしの泣きべその真似をして、くすくす笑った。

 わたしはびっくりしているうえに、さらに赤っ恥をかき、気を動転どうてんさせた。


 ──あった。たしかに、そんなことがあった! でもってそんなやりとりをした! ──覚えてる。おもいだした。けど──わたしが忘れていたなんて! ありえない! どうしてわたしは忘れていたの? わたしは、記憶力にだけは自信があったのに! 鳥海先輩のことならなんでも覚えているはずだったのに、どうして、なんで、こんな大事な情報を忘れていたの!


 頭をフル回転させて、鳥海先輩が卒業していってしまった日の前後の記憶を呼びましていく。


 あの日──卒業式の日。

鳥海先輩の制服のボタンは、第二ボタンのみならず、ぜんぶのボタンがきれいサッパリすっからかんになっていた──カフスボタンだけはのぞいて。

 ボタンだけじゃない。名札も、校章バッジさえもなかった。まっくろけっけの制服を見て、わたしは半べそをかいたんだっけ。

 で、そうよ、鳥海先輩とほんの少しのあいだおしゃべりをして──ほんの少しだったけど、わたしにとっては後にも先にもない、かけがえのない素晴らしい時間だった──、

そこで立川高校に行くとかいう話がでた。


 わたしの記憶は、鳥海先輩と話し合った〝手〟の記憶が強烈すぎて、それ以外の記憶がぼやけてしまっている。でもわたしなら憶いだせるはずよ…──そうよ。……いろいろと、ことこまかに憶いだしてきた。


 わたし、お姉ちゃんに泣きついたはいいけど、その気持ちをけちょんけちょんにされたんだ。


 あのときのお姉ちゃんは、いじわるだった。眉をハの字にして、せせら笑ってこう云った。


「は~? あんたが立高にくるなんて、やめてよ! ──鳥海くんがくるのはいいけど。あんたは来ないでよ!

 どうして妹と、小・中・高と同じ学校にかよわなきゃなんないのよ! いいかげん、金魚のフンみたいについてまわるのやめてよっ!

 だいたい、あんたが立高にきたところで、鳥海くんがあんたなんかにふりむくわけないでしょう! あんた、自分の顔、鏡で見たことある? ゆっとくけど、立高はかわいい子が多くて有名なんだからね! しかも! 男子より女子のほうが人数が多いいんだから! 鳥海くんにとっては、よりどりみどりよ! わかる? あんたなんて相手にされないんだからっ!

 それに鳥海くんも、あんたみたいのがついてきたら迷惑なんじゃない? 私だってこんなに迷惑に思ってるんだから! ──いい? あんたが立高にきて、いやな思いをするのがわかってるから、私はゆってんの。

 あこがれていた鳥海先輩はモテモテで、きれいでかわいい彼女をつれてあるいてる。それを見たあんたは、また私に泣きつくんでしょう?

『うわーん、鳥海先輩に彼女ができてるぅ~! もうやだー、学校に行きたくなぁ~い!』って。それでみじめな高校三年間をおくるの? も、やめてよう、そんなのっ! ことあるまいに泣きつかれる私の身にもなってよ! 迷惑なのっ! あんたは鳥海くんに相手にされない! 眼中外がんちゅうがいよ! いい、わかった?


 ぜったいに立高にこないでよ。きたら承知しょうちしないんだからっ! あんたが立高にきたら、みんなに云いふらしてやるからね。『うちの妹は、大好きな鳥海先輩を追いかけてこの高校にはいったんだって!』て、云いふらしてやる! あんた、入学そうそうはじかくんだから!」


 こう云われてしまったから、わたしはそのあとベッドの中でさめざめ泣いたんだっけ。……いま思うと、ほんとひどい云われようだったなぁ。そりゃ泣くよ、わたしも。でもって、記憶から消去よ。


 わたしは、お姉ちゃんから現実的なことを云われて、とても……ひどく深く傷ついた。

 卒業式の日、鳥海先輩がはにかみながら「立川高校にきなよ」と云ってくれたとはいえ、それをまに受けたわたしがバカだったんだって。


 高校に行ったら、鳥海先輩に彼女ができる。お姉ちゃんの言葉で、その事実が頭に焼きついた。──そりゃ、そうよね。むしろ中学にいるあいだに彼女ができなかったほうが、不思議なくらいだったもの。


 高校にいけば、彼女をつくるにきまってる。高校生活を満喫まんきつして、きらめき短い若い青春を謳歌おうかするんだわ。

でもそれが悪いことになるの? ……ならないわよね。鳥海先輩だって、青春がしたいだろうし、彼女をつくって人生を楽しみたい……って、そう思うわよ。


 わたしが立川高校にいくことで、その邪魔をしてしまうのであれば、わたしは立川高校にいくべきじゃない。

 それに、お姉ちゃんの云ったとおり、鳥海先輩が彼女をつれて歩いている姿を見たとき、わたしはそのかなしみと苦しみにたえられるのかしら……。想像をしたら、自信がなかった。……だったら、べつべつの道をあゆむことにしよう。

 わたしはわたしで、そっちはそっちで……。


 そしてわたしは深く傷ついた記憶を忘却ぼうきゃくの闇につつませた。

 ──だから、わたしは忘れたんだ。


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