Runaway ⑭


 死んでたまるかっ! わたしは負けない! わたしは、幸せになって、おもいきり笑って、わたしをおとしめた連中を見返みかえして、見下みくだしてやるんだからっ! もうきめたんだからっ! わたしから、復讐ふくしゅうの手段をうばわないでよっ!


 ……負けないんだから。──ぜったい、負けない! 負けないわよ。

負けたら、それでおしまいなんだから。わたしが死んで、終わりになんかさせない。

わたしの生まれてきた意味が、なんの意味もなかっただなんて、そんなの、許せないっ!


 わたしは目をとじている暗闇のなかで、光を求めた。……光。そう、光よ。

──明るい未来。わたしの、未来。

そうよ、わたしには未来がある。明るい未来。

どんな未来になるのかは、自分次第しだいだけれども、生きてさえいれば、どうにでもなるんだから。──そう、生きてさえいれば。


 自分の望む未来になるように、いまを精一杯生きてる。──そうよ。そこを忘れちゃならない。……自分を、見失みうしなわないようにしなくちゃ。


 目をあけたら、夏樹がタバコをくわえているところだった。わたしの体が条件反射に動いて、ライターの火をつけた。手も、体も、もうふるえていない。

夏樹が胡散臭うさんくさげににらんできたけど、わたしの火を使ってタバコを吸ってくれた。

 夏樹は煙をかるく吹くと目を細くして、タバコのケースをゆすり、一本のタバコをわたしにむけた。


「──おまえも吸う?」

煙が目にはいらないように目を細めているだけじゃない。いやいやゆずっているのがわかる。

「……いい、遠慮しておく」ほんの少しぶっきらぼうに云ってから、気がかわった。「やっぱりもらう」


 わたしは自棄酒やけざけが飲めないのよ。タバコくらい吸わせてよ。

 夏樹が不満そうにタバコを一本よこして、おまけに火もつけてくれた。わたしのふるえはもうおさまっているのに。


 わたしはタバコをおもいきり吸った。おいしいとか、まずいとか、味はわからない。


「……もし、生きているあいだに病院に行って、逢えてたら──」


そこまで云って、言葉がまたとぎれた。

 わたしはいったい、なにを望んでいるのだろう。

 〝逢えたら、奇跡がおきたかもしれない〟

 〝奇跡がおきたら、こんなことにはならなかった〟って?


 わたしなんかが行っても、鳥海先輩の身に、奇跡がおこるはずもないのに。


「──だから、もうおせぇって云ってるだろう」

夏樹がむしゃくしゃしながら云った。そうよね、そうだった……。もう、おそいのよね。鳥海先輩は、もう、いないんだから。


 夏樹はタバコを三口、たてつづけに吸って、灰皿に灰をおとしながら云った。


「生きているあいだにお見舞いしなくて、逆によかったんじゃねーか? 最期にはあいつ、骨と皮だけのひでー状態だったから。……女の子が見るには、キツイものがあったと思う。


 家族ですら、それでどんどんやるせなくなって、人工呼吸器をとめたんだ。……本人が、つらいだけだろうからって」


 この話しを聞いたわたしは絶句した。


 ──そんなに? そんなにひどい状態だったの。

──そんな、そんな……そんなっ!


「──わたしの記憶のなかの鳥海先輩は、いつだって笑顔だった」


わたしは弁明するように、まくしたてた。

思い浮かんだいたましい彼の姿を払拭ふっしょくしたくて。


「友達とはしゃいでいたり、悪だくみでも考えてるみたいにニヤついていたり。……ときどき、遠くをにらえて、まるで、待ち受けている未来にいどもうとしている顔つきのときもあった。


 歩くうしろ姿の背中が、とてもさびしげのときもあったけど、鳥海先輩はいつだって元気そのもので、はつらつとしていて、どこにでもいる人で、……そんな……それなのに……骨と、皮? ──うそでしょう。信じられない」


 云いきったところで、夏樹がわたしの手からタバコをゆっくり抜いた。

わたしは、また火傷をしそうになっていたことに気づいた。


「……おまえ、どんどん顔色が悪くなっていくな」夏樹は灰皿にタバコを押しつけると、深いため息をついた。「でもさ、ひにくなもんだよな。……あいつ、心臓が悪くて、手術して治したらしいんだけど、まさか、その心臓に命を繋がれるなんてな……。昔はその心臓のせいで、何度も死にかけたらしいのに……ひにくなもんだよ」


 夏樹からの不意打ちに、わたしの頭の機能がほとんど停止した。


「──えっ、なにその話し! わたし、鳥海先輩が心臓の手術をしていただなんて、そんな話し知らない。──聞いたことがない」


 わたしの鳥海先輩のデータに、そんな情報はない。

心臓の手術なんて、そんな大きな話し、わたしの耳にはいってこないはずがないんだから。

年頃としごろの女子たちがこぞってうわさするような話しを、わたしが聞き逃すわけないじゃない。そんな噂話、聞いたことがない。


「ねえ、鳥海先輩が手術したのって、いつ?」


手術が中学卒業後なら、わたしの耳に届かないのもわかるけど、卒業する前なら、そんなのありえない。それに、中学のときの鳥海先輩は元気だったもの。そんな、心臓をわずらっているような気配はなかった。


 わたし、心臓を悪くしている人が、どんな生活をおくるか知っているもの。


「え……と、ちいさいときだって聞いたけど。小学生のときなんじゃないかな。──オレ、手術の傷跡見せてもらってるから、うそじゃないよ」

「え? 小学生のとき?」


一瞬、わたしの記憶がぐらりとかしいだ。


 わたしが小学生のとき──二年生だったかな? 三年生だったかなあ? ──仲良くなった子もやっぱり〝心臓の手術をするから〟って云って、離ればなれになってしまった。



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