Runaway ⑩


「わからないって、どうゆうこと? これは、また聞きなの? ──そうなのね? 鳥海先輩は、仲間と走っていたの? それとも……一人で?」


 もし、一人で走っていたのなら、事故の発見がおくれて……それで……。助かったかもしれないのに……。


「一人で、走っていたそうなんだ。そう、事故を目撃した人が何人かいて、すぐに救急車を呼んでくれたらしい。……そう、一人で走ってた。

 オレも鳥海の仲間に訊いたんだ。『あいつは一人で走っていたのか?』って。

 だって、おまえもおかしいと思うだろう? あいつが、一人で走るわけがないんだ。仲間と走るのが楽しいんだって、だからバイクに乗っているんだって、あいつ、そう云っていたんだぜ? それなのに、一人で乗るかあ? いろいろと、おかしいんだよ。

『もう一台のバイクが走り去るのを見た』とか『誰かに追われていて、逃げているようだった』とか……そういう目撃情報もあったんだぜ?

 それなのに、警察はまともに捜査をしなかった!

どうせ『バカな若者が暴走したんだろう』って、ぜったいにそう思われていたに違いないんだ!  ──あいつは、暴走族でもなんでもない。ただのライダーだ! 純粋に、仲間と走るのが好きなだけだったんだ。

 オレがいろいろ訊いたバイク仲間だって、首をひねっていたんだぜ?

『その日、俺らもを誘ったんですよ。今日、走りに行かないかって。そしたら、ことわられたんです。今日は大事だいじな用があるからって。車か電車で移動するって云ってました。

 それなのに、その日の夜、トリミンは一人でバイクに乗っていたんですよ? おかしくないですか? だから俺、トリミンが事故したって聞いたとき、家族の人にも訊いたんですよ──訊きずらかったですけど。

 その日家族で、どこかに出かけたんですか? って。そしたら、出かけてないって云うんです。あの子に用事があったのだとしたら、家族の用事ではないって。

 でも、たしかにトリミンはどこかへ行くようすだったんだそうです。なんでも、荷物の用意をしていたとか……。

 だから家族の人は、この子はバイク仲間といっしょに、ちょっとした旅行にでかけるのかな? って、そう思ったそうなんです。

 でも、俺ら、そんな約束はしていないって云ったら、家族の人もおどろいて……で、思い出したみたいなんです。

 そういえば、家に電話がかかってきたって──そう、あいつあてにですよ──。あいつ、自分の部屋でしばらく電話していて、そのあと、バタバタしながら家を出て行ったそうなんです。

 家族は、長電話のせいで待ち合わせに遅れそうなんだなって、その時はそう思って、あまり気にとめていなかったそうです。それなのに、事故っちゃって……。なんか、へんじゃないですか?』って、そう云うんだよ。

 オレも、へんだと思ったよ。──なあ、へんだと思わないか?」


 夏樹は、──バイク仲間の人も──鳥海先輩のことが大好きだったのね。いまの話を聞いて、それがよーくわかった。

わたしは、心から〝ありがとう〟と思った。こんなふうに人に感謝する気持ちなんて、はじめてよ……。

それからわたしは頭の思考回路をきりかえて

──じゃないと、廃人になってしまいそうだった。むなしくて、これからのどんなおこないも、すべてが意味をなくして、わたしが生きていることも、なんの意味もなくて、無意味になるんじゃないかって、そう、思うから──、

話しを訊いていたなかでいた、いくつかの疑問点をとりあげた。


 そうよ。いまのこの話しは、へんなことだらけだった。

素人しろうとのわたしでさえ、おかしいと思ったのに、玄人くろうとの警察が、事件性をかぎとれなかったっていうの? バカバカしい。これだから、なにも考えずに体だけ大人になった連中れんちゅうはいやなのよ。


「──へんよ。……車で移動って、鳥海先輩は車も持っていたの? バイクの他に?」

「……持ってない。だから『家の車で移動するんだな』『家族の用事なんだな』って、鳥海の仲間はそう考えて、だから家族に聞いたんだ。それなのに、違ったんだぜ? ──へんだよなあ。

 しかも、あいつが仲良くしてる連中のなかに、車を持っているやつがいないときた。……おかしいよな」夏樹はうなるように云った。


きっと夏樹も、ずっと苦しんできたんだ。心のなかで葛藤かっとうする日々が続いていたんだ。鳥海先輩の〝死〟も、社会への疑問も。……こういったものが晴れる日がくると、夏樹はそう望んでいるのかもしれないけど、わたしはそんな日は永久にこないと思ってる。

……社会には、あきらめてる。だって、人はかわらないもの。


 ──それにしても…──車?


 ふと、不意打ちに白い車がフラッシュバックしてきた。


 パール仕様の塗装で、こまかい光をキラキラときらめかせる、白い車。


 ──メルセデスの、車。

スポーツ、タイプ……。


 血がザワザワして、全身のうぶげが逆立った。

 わたしの胸の奥底で、もしかしたら──と、いやな感覚がわきたった。同時にえずきそうになって、フラッシュバックした映像をなぎはらうようにかき消した。


 まさか、そんな、まさかよ。

──ありえない。

 考えたくもない、ドロドロとしたおぞましい可能性よ。でも、ありえない。そんなわけない。──もし、もし! 鳥海先輩の耳に入っていたとしても、そうだったとしても、ありえない。彼が、そこまでするなんて──! ありえない。ぜったいに、ありえないわ。


 それにこの可能性を確かめたくても、わたしは確かめたくない。

 開けたらいけない死滅パンドラの箱みたいに、死と闇と恐怖をはらんでいるのよ。開けたら、それ相応そうおうのむくいを覚悟しなければならない。

 そんな勇気、わたしにはない。


 ──でも、いま確かめなくて、いつ確かめるの──また、脳が戯言たわごとをささやいた。──息がとまりそう。

 やだ。やめてよ。でも、鳥海先輩のためになら……開けてはならないけど、箱にそっとふれるくらいなら……!



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