Runaway ⑦


「え? 同窓会なんて、イヤでもみんな呼ばれるでしょ? だって、同窓会なんだから」

 夏樹は〝こいつ、なに云ってんだ?〟とばかりに、呼ばれるのが当然のように云ってる。わたしは寂しげに鼻で笑って、ついだお酒を置いた。


「そうだよね。そう思うよね。でも、わたしは呼ばれない」家から出て一人暮らしをしているし、同級生たちとはだれとも連絡をとっていない。連絡をとりたくもないし。

「……なんか、あったの?」夏樹が心配そうにわたしの顔をのぞきこんだ。

「うん、まあ、色々とね。──あ、いただきます!」暗い雰囲気になりそうだったから、むりに笑顔をつくってグラスをかたむけた。

「ああ! そうだった! まだ乾杯もしていなかった! ──じゃ、乾杯!」カチンと鳴る音を聞いて、わたしはジュースを一口飲んだ。


「ねえ、同窓会にえんのないわたしのために、同窓会がどんな感じだったのか、教えてよ。……やっぱり、素敵な再会とかあったりするの? 何年かしてから会うと、パッとしていなかった子がめちゃくちゃキレイになってたりとか……。あ、ごめーん。素敵な再会があったら、こんなところにきていないよね。そっか、そーだよね、ごめーん」

「ねえ、それ、わざと云ってる? すげーグサリとくるんですけど」


 わたしは笑って、云いわけだかフォローだかを考えた。「きっと夏樹の理想が高すぎたんじゃないの? そうじゃなかったら、同窓会がおわったあと、いろんな子から二次会だのなんだのって誘われたと思うよ」

「まあ、誘われたんだけど……どれもオレのタイプの子じゃなくて」おっと。ほのかに〝オレ、モテてます〟っていう自意識過剰の発言がでたけど、まあ、しょうがない。お客さんだから、がまんしよう。

「ほら! やっぱり理想が高いんじゃない」と、無難ぶなんにあいづちをうつ。

「でも紫穂ちゃんはオレの〝どストライク〟なんだよね」夏樹がまた意味深いみしんに瞳を輝かせて云った。……もう、ちょっとかんべんしてよ、めんどくさいなぁ。同窓会で〝お持ち帰り〟できなかったからって、わたしで手を打とうとしていない?


「それはそれは、夏樹さんのおめがねにかなって光栄です」名誉に乾杯、とグラスをかかげて、わたしはジュースをいっきに飲みほした。

「うわっ、紫穂ちゃんってお酒強いの?」

「ううん、もうラストにちかいからだよ。飲んでもあとは帰るだけだから、気にしないで飲めるの。──おかわりしてもいい?」

「あ、いいよ」

 ここでわたしは、また夏樹の目をジッと見た。

「あ! しまった! またやっちゃった! ……でもいいよ。どのみち、もうからっぽでしょ?」夏樹は苦笑してグラスを指差した。ほんと、夏樹は優しいというか、あまいというか。

「そうなの。じゃあ、お言葉に甘えて、もう一杯もらうね」わたしはニッコリ笑ってボーイを呼び、同じ物をおかわりした。

「で、どんな感じなの、同窓会って。思い出話しをしたりだとか?」

「そんなに興味があるの、同窓会に?」

「あるよ。わたし、きっと一生いかないと思うし」

「え、そうなんだ……」夏樹が口を真一文字にした。コメント返すのに難しい云いかたをしちゃって、ごめんね、夏樹。と心のなかで謝る。


 ほんのすこしの沈黙のあと、夏樹は声のトーンをすこし低くして、同窓会の話しをしてくれた。

「オレはさ、今回〝姫中ひめちゅう〟のときの同窓会だったんだ……あ、紫穂ちゃんって姫中知ってる?」


 ……姫中? 姫中ですって?


 わたしは、おどろいた顔にならないように、必死でいまの笑顔をたもち続けた。


 姫中を知っているもなにも、わたしも姫中出身なんですけど。


 ……え、やだ、どうしよう。まさか〝知り合いでした〟なぁんていうオチには、ならないでしょうねえ。やだやだやだやだ。それだけはどうしても避けたい。

 もし母校が同じなら、家はすごく近所の可能性があるし……知られたくないことだってある。共通の知り合いとかが……あ、──でもわたし、このあいだふと思ったんだ。

 鳥海先輩は最近、どうしているのかなって。


 もし、夏樹と共通の知り合いになるのなら──正直云って、知り合いになるのはイヤ。ケータイの番号を教えあって、連絡をとりあうのもイヤ。知り合いになってしまったら、この人はお客さんにならないじゃない。お客さんじゃない人と、連絡をとりあうなんて、そんなの、なんの意味があるの? それも、こんなにガツガツした人よ? だけど、えりごのみをしている場合じゃないし、わがままを云ってる場合でもない。それだけはわかる。だって、これはチャンスなんだから。


 ……そう、わたしはこのとき、この人との出会いがチャンスだと思った。離れてしまった鳥海先輩とわたしとがまた繋がれるチャンスだって。

それも、このチャンスは二度とおとずれることはない。しっかりつかまなくちゃダメよ。そう強く、なにかを感じた。だから──鳥海先輩のためだったらではない。


 でも夏樹が、鳥海先輩とはぜんぜん関係ない人だったら、イヤだな~。


「ねえ、夏樹って何歳なの?」とりあえず、ずるい手段でふるいにかけることにした。

「え? オレは二十四だけど……え! まさか紫穂ちゃんも姫中? えっと……としいくつ?」──ゔぅ、ふるいにかけたつもりが、もろバレバレじゃない! ……ん? 夏樹は……二十四……か。わたしより、さんこ歳上としうえなんだ。そっか、それなら中学のときかぶってない。わたしが中学一年生にあがると同時に、むこうは卒業しているから、ハロー・グッバイね。


 だったら、わたしのいっこ上の鳥海先輩が一年生のとき、この夏樹は三年生だったわけで……。だとしたら、うん。この人はまちがいなく鳥海先輩を知っている。


 わたしはみょうに確信づいて、鳥海先輩への期待に色めきたった。


(夏樹に、敬語を使ったほうがいいのかな? いちおう先輩だし……とも考えたけど、そんなのはもうこのさいだから、使わなくていいことにした)


「わたしは二十一なの! ──そう! 姫中出身! わあ、すっごい偶然! こんなところで同じ中学の人に会うなんて!」自分で云うのもなんだけど、おかしなくらいテンションがあがってる。──お酒、飲んでいないのに。

けど、酔っぱらってるフリをしなくてすむから、べつにこのままでもいっか。母校が同じで嬉しくてうかれているともとれるし。うん、問題ない。


 問題は〝前振まえふり〟よ。〝本題に入るまえの礼儀作法のご挨拶〟とか〝話と話のあいだにクッションをいれて会話しましょう〟だとか。

これって、かなりめんどくさい。──私は、はやく鳥海先輩のことが聞きたいのに!


「ああっ! やっぱ姫中だったんだ! なんだかそんな気がしたんだよね。オレってえてる~。──あ、じゃあ紫穂ちゃんは、一応オレの後輩にあたるよね」夏樹はニヤリと笑いながら云った。


 え? このとし先輩風せんぱいかぜ? ……よしてよ。


(やっぱり、敬語を使ったほうがよかったのかなぁ)


 それに、わたしの弱みをにぎったつもりでいるのなら、ご愁傷さま。わたしはあなたを、もうお客だとは思っていませんから。営業スマイルなんて、しないんだから。


 わたしは、あなたから鳥海先輩のことだけを聞けたら、もうそれでいいの。でも夏樹の機嫌はそこねないようにしなくちゃ。もしかしたら、いじわるでシラを切られてしまうかもしれないし。



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