The Secret Memory ⑥


「鳥海くんは残念ながら、亡くなってると思うよ。紫穂にも話さなかったっけ?」


 そう聞いて、頭のなかが真っ白になった。そしてすぐに怒りと悲しみがこみあげてきて、あっというまに〝わたし〟を支配した。


 ──なによっ白々しい! お姉ちゃんがわたしに話していたら、わたしはもう知っている! もうたくさん! こんなの! ──こんなのもうたくさん!

 鳥海先輩が死んじゃってる!

 ほんとうだった! ほんとうだったんだ!

 もういない。──もう逢えない! …──苦しい。苦しい! このままじゃ過呼吸になってしまいそう……! 過呼吸になったら、まともに話ができなくなる! ……気を、そらさなきゃ!


 わたしは、さまざまな感情のフィルターごしに、口だけを動かした。

「……お姉ちゃんが話していたら、わたしはもう知っているはずでしょう。知らなかったから、いまこうして訊いているんだよ」

うらみがましくならないように苦労して云った。でも声色こわねはひどく低い。

この流れだと、怒りの矛先をお姉ちゃんに向けてしまいそう。だから〝そんなのはダメだ〟って自分に云い聞かせた。たんなる八つ当たりだって思われたくもない。


 それに、もっともめるべきは、他の誰でもない自分なのよ。

 そう思ったとき、またあの重い苦しみが押しよせてきた。……息が、苦しい。

 あやまちを素直に認めるのは、つらい。

 あの日、あの時、あの人からの訃報ふほうを信じなかった……。ずっと逃げていたわたしが悪いのよ。


 過ちを犯し続けていた、わたしが悪いの。わたしは自分で自分の首を絞め続けていた──そのせいで、なにかの歯車はぐるまくるって、鳥海先輩が──あぁ、ダメ。そんなこと、考えちゃダメ。鳥海先輩が、わたしがこうなってしまうのを望むわけない。それでも、考えずにはいられない。〝死〟に、ひっぱられているよう──とりかえしのつかない大きな傷口が致命傷になって、わたしは死んでいくんだわ。


 怒涛どとうの感情の波にのまれているとき、お姉ちゃんがまくしたてて怒鳴った。

「紫穂はそもそも、誰から鳥海くんが亡くなったのを聞いたのよ! いつ知ったの! 云い忘れていた私も悪いけど、いまさらめないでよ!」


「責めてないよ」わたしはうんざりして云った。ただでさえこんなに苦しんでいるのに、もう、やめてよ。「誰かを責めるつもりはない。わたしの問題なんだから」


 息もたえだえに云って数秒待ったけど、お姉ちゃんからの返答がない。まずいことを口走らないようにダンマリしているのか、なにかを考えているのかはわからない。

わたしはお姉ちゃんがかんぐりにぱしりきるまえに、さっきの問いに答えることにした。


「わたしが鳥海先輩の死を知らされたのは、十六年前」


こうして年数を口に出してみると、途方もない年数に感じてくる。

十六年間、わたしはこの気持ちをかかえていたんだ。──自分でも〝正気じゃない〟と思わざるをえない。だって十六年だよ。……こんなの、普通じゃない。


「え!」お姉ちゃんの声がへんにうわずった。よかった、返事をしてくれて。「そんな前に? ……最近になって、知ったんじゃないの? ──だったらなおさら、どうして今になって、鳥海くんの話しをするのよ?」


「だから、ずっと逃げていたって云ったでしょう?」


「ああーっ、もう! ややこし! 紫穂、いい? じゅんってちゃんと話して」

「……なにから話したらいいのか、わたしにもわからなくて……うまく話せなくて、ごめんね。順を追って、なにがあったのか、誰から聞いたのかを話していく」


 過呼吸で朦朧もうろうとする意識のなかでも、鳥海先輩のことならなんでも鮮明におもいだせる。目をとじれば、その時その場所にもどったかのように、いつでもフラッシュバックできる。


 わたしは、鳥海先輩の訃報ふほうを告げられた日の夜のできごとをお姉ちゃんに話していった。



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