The Secret Memory ⑤


 すごいっ! いっきに云っちゃった! これまで、鳥海先輩の名前を口にだすのも怖かったのに!

 わたしはお姉ちゃんからの返答を、一言一句あますことなく、よーく訊けるように、ちょっとうるさい換気扇のスイッチをきった。

 ああ、心が騒ぐ。──はやく知りたい。


「は! 鳥海?」お姉ちゃんが突飛とっぴな声をあげた。


 うん? 鳥海? え? なに? お姉ちゃんは、鳥海先輩を知っているの? え、なに〝〟って。

〝さも親しいあいだがらです〟みたいな呼びかたしちゃって。それになんというか、ナニカをにおわせてる……ていうか、なんかひっかかる。なんなの。


 わたしが意表をつかれて、驚きにとまどっているあいだ、お姉ちゃんもびっくりしたようすで続けた。

「覚えてるけど……あのでしょう?」

 ……あぁ~、なんだろう。すごくカチンとくる。

 だいたい、どうしてお姉ちゃんが鳥海先輩を知っているのよ。──まあ、彼は人気者で目立っていたから、知っているのも当然といえば当然なんだけど、……あんな……当時のお姉ちゃんは〝そんなものにはキョーミがございません〟ていう顔をして、お高くとまってツーンとましていたのに。


 ──それを大目にみたとしても──知っているのは、いたしかたないとしても、どうして、お姉ちゃんが覚えているのよ。あんなに生徒数の多い学校だったのに。

 お姉ちゃんの学年だけでも八クラスあったのよ。鳥海先輩の学年なんて九クラスもあった。……わたしの学年は七クラス。


ざっと計算しただけも、ひと学年に三百人はいる。

全学年で一千人。そんな……いちいち一人一人を覚えていられるはずがない。しかも、相手は年下の後輩よ?

鳥海先輩の名前を聞いて、〝え、誰だっけ? ああ、そういえば、そんな人がいたね〟っていう反応ならわかるの。

でもちゃんと覚えているなんて、へんよ。──ただし、例外をのぞけば。例外であるのなら、覚えていたとしてもへんじゃない。──まさか。そんな、まさか。……お姉ちゃん、よしてよ。


「……そう。鳥海先輩。……よかった、お姉ちゃんが覚えていてくれて」

平静をよそおって云ったけど、自分の耳にも空々しく聞こえた。これじゃダメだ。ちゃんとそれらしく振舞ふるまわなきゃ。「お姉ちゃんが覚えているなら、あっちこっち連絡してまわらなくてすむ。──あぁ、そのぶん時間短縮になる……問題が、早く解決するかもしれない」


 本心は本心なのに、細心さいしんの注意をはらって、うまいこと悲劇のヒロインふうに云うだなんて、なんだかバカバカしくてうんざりするけど、いまはしょうがない。


 〝お姉ちゃんにある種の疑惑をいだきました〟だなんて、そんなのを本人に悟られてしまったら、わたしの知りたい応えを教えてもらえなくなる──隠し事はもうたくさん──。

今ここでお姉ちゃんにつっかかっても、なんの解決にもならない。

 というか、このさい、お姉ちゃんが鳥海先輩をどう想っていようが、そんなのはもう、知ったこっちゃないのよ。そんなのは、どうでもいい。ていうか、かまってらんない。

 わたしには、知りたいことがあるの。

 気がいで、ほら、心臓がこんなに冷たくドキドキしてる。


「ええ! ちょっと待ってよ! どうして、なんで今になって鳥海くんなのよ!」お姉ちゃんが怒気どきをまじえた焦り口調で云ってるけど、この手の質問は想定内。シミュレーション済み。


 お姉ちゃんに助けを求めようと決めてから、頭のなかであれこれシミュレートしてきた。けど、どれもしっくりこなくて……。

考えるに考えぬいた結果、導き出された一番いい答えはとってもシンプルなものになった。〝自分に正直になること〟。

 この答えを前にしたとき、わたしはあらためて、正直になることの大切さを思い知らされた。


 もちろん、正直になるのは怖い。いまだって怖い。


 けど、こうも思うの。

わたしの鳥海先輩を想うこの気持ちを、素直に、正直に伝えれば、話しを最後まで聞いてもらえれば、きっとわかってもらえるんじゃないかって。


 わたしたちの目に見えない繋がりや絆が、感じとることができるんじゃないかって……そう思うのよ。

 はかない望みでしかないかもしれないけど、そう思うの。

 だから、わたしは正直に云う。


「──自分でも、どうしていまさらなんだろうって思うよ。……でもね、この想いはいまさらなんかじゃなくて、ずっとあった想いなの。ずっと、訊くチャンスをのがしていたの……というより、げていただけなの!」


ごめんなさい──!


 心のなかで鳥海先輩に謝罪した。


 ──ごめんなさい! ほんとうに、ごめんなさい──! ……ゆるして。……わたしを、ゆるして。


 電話しているさいちゅうなのに涙があふれて、泣き声を押し殺すのもできなくなった。わたしが泣いていることがお姉ちゃんにバレバレだけど、それももうかまいやしない。


「なんなの! ねえ、ちょっと、ちゃんと説明してよ!」

お姉ちゃんがパニクってる。無理もないよね。お姉ちゃんにも、ほんとうにごめんねって思う。

「さいしょに云ったでしょ。なにかあったのかと聞かれたとき、ずっとあったんだって」

「それはそうだけど──どうゆうことなの!」

「ちゃんと説明するから。でもその前に、これだけは教えて!」

わたしは涙であらぐ呼吸を息継いきつぎして、心にしまって隠していた真実を口にした。

「お姉ちゃん、鳥海先輩はもう死んじゃってるって、ほんとうなの? わたし、ずいぶん前に聞いたの。『鳥海、あいつもう死んでるよ』って。

わたし、そのとき信じれなくて──信じたくもなくて──ガセネタなんじゃないかって、その人が悪いウソをついているんだって、そう思って──思い込もうとして──信じなかった。

でもずっとひっかかってて、鳥海先輩を忘れることもできなくて、──ねえ、お姉ちゃん、ほんとうに鳥海先輩は死んでしまっているの? とっくの昔に、死んでしまったの? ねえ、教えてよ! お姉ちゃんが知っている鳥海先輩のことを全部話して!」


 わたしのすすり泣く声だけが響いた数秒の沈黙のあと、お姉ちゃんがゆっくり話しだした。


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