The Secret Memory ④


「あるよ」わたしはハッキリ返した。ここだけはゆずれない、わたしの意見だ。「見えない絆は、あるよ、あるの。そりゃ、たまには勘違いのときもあるかもしれないけど、見えない絆があるのは本当だよ。わかる人にはわかる」


「ねえ、ちょっと紫穂、さっきからどうしたの? なんか、なんでもかんでも大袈裟に物事を云うっていうか……変だよ? 大丈夫?」


お姉ちゃんが心底心配してる。これは、わたしが相当〝まずい〟状態だってさとったみたい。ていうか──そっか、今のわたしって、やっぱ相当良くないんだ。


お姉ちゃんがわたしに気を使うなんて、そうそうないものね。


「大丈夫じゃない」わたしは認めた。「最近、毎日泣いてる。……今も泣いてる。でもわたしのことはいいから。それより、マキさんって蓮沼市に住んでるの? 姫ノ宮市から、引っ越したの?」


 お姉ちゃんが住んでる尾後おご市から行くとなると、はるばる車でドライブして、スムーズに行ったとしても四十分は絶対にかかる。


とちゅうでオムツ交換とかがはいれば、一時間か。


十時の待ち合わせから逆算していって、朝は遅くても七時には起きなくちゃで……。


ここでようやく、わたしも時計の針を確認した。

一時半になる! もう寝なきゃダメじゃん! お姉ちゃんが寝不足になっちゃう! でもって、寝不足で子供を乗せて運転をするの? ああ、やだ、そんなの、ゾッとする。


「えぇっ! 泣いてるの! やだ、ほんとに大丈夫? あ、大丈夫じゃないって云ってたよね。えぇー、紫穂が泣くなんて! さっきからずっと? えっ、ぜんぜん気づかなかった!」


オーバーなくらいお姉ちゃんがビックリしてる。長年にわたって扱いづらい妹とつき合わされ続けているお姉ちゃんに、ほとほとの申し訳なさを感じる。


「わたし、泣きながらでも笑って電話できちゃう人だから……その、ややこしい妹で、本当にごめんね」

「あーあぁ、もうっ! ほんっとだよ!」投げやりにお姉ちゃんは云った。

でも、言外に優しさが込められていて〝泣いているんじゃ、ほっとけないじゃない〟が見え隠れしている。お姉ちゃんは、優しいなぁ。

「まったくもう……あれ? えっと、なんの話しをしていたんだっけ?」お姉ちゃんがすっかり困り果てたようすで、お手上げですって感じになってる。……ほんとに、申し訳ない。


「マキさんの話し」わたしは控えめにヒントを出した。


「……ああ、そう、マキね」お姉ちゃんが深いため息をついた。「そうなんだよ、引っ越しちゃったの。このあいだ紫穂と長電話したあと、マキともいろいろあってさ、それを紫穂に相談したいなぁって思っていたところなんだよ。

 でも、あれだけの長電話をしたあとでしょう? だから、たて続けだと悪いなぁと思って、がまんしてたの」ことごとく疲れましたぁっていう云いかたで、お姉ちゃんが爆弾発言をした。

 え! なにかあったのかなとは思ったけど、え? 相談という名の愚痴グチ長電話に、またなるの? やだもぉ~、かんべんして! それに、わたしは今、お姉ちゃんの相談にのっていられるほど、余裕なんてないよぉ。


「そうだったんだ……タイミングが悪くてゴ──あ、むしろタイミングは良かったのか、お姉ちゃん的には……。マキさんに会うまえに、わたしでスッキリできるね。

なにがあったのかは知らないけど、話しくらいなら聞けるよ。アドバイスは、ごめん、できそうにない」わざとらしいくらい、弱々しく云ってみた。


「いいよ、もう。だいたい解決しているし」鼻を鳴らす感じにお姉ちゃんが云った。


「でも、まだモヤモヤが残っている」と、当てにいってみる。


「だから、いいって。紫穂は、それどころじゃないんでしょう?」

「うん……ごめん。はっきり云って、それどころじゃない。自分でもなさけないなって思うけど、ほんと、もうダメ。──お手上げ」わたしは白旗をあげるように、じっさい手をあげた。「でも、話しが長くなっちゃ悪いから、お姉ちゃんの都合のいい日に電話しなおす。……いつなら、いいかな?」


「あぁー、いいよ。せっかくだし、私も少しくらいなら紫穂の話しを聞いてあげられる」これでおあいこね、みたいにお姉ちゃんは云ってるけど、え?

「え? いいの? もういい時間だよ? お姉ちゃんは大丈夫なの? 寝不足になっちゃうよ?」

「だから、少しだけだって。手短に、よろしくお願いします」笑いながら、念をおすように云われた。


 え……と、ほんとにいいの? その優しさに、今のわたしは有り難くすがりついちゃうよ?


「かしこまりました、手短に……」

冗談めかして云ってみたものの、手短に終わらせられる自信が……ない。

三十分くらいでなら、なんとかなるかな。

でも、そうなると、まわりくどくさぐるようには訊けないじゃない。保身もできない。単刀直入に、ズバリ訊かなくちゃならない。──そして、ズタズタに傷つくの。

 そう悟った瞬間、心臓の鼓動がひややかに加速した。呼吸が、苦しい。水のなかで溺れかけているみたい。


 訊くのが、つらい──。


 …──なにをいまさら。

なにもかもをさらけだすって、きめたじゃない。

そうじゃないと、この苦しみはどんどん大きくなって、いずれわたしはのみ込まれてしまう。もう、すぐそこまできてしまっているのよ、覚悟を決めなさい!


 …──いままでの苦しみ、そしてこれからのさらなる苦しみにくらべれば、いまから傷つく痛みなんて、ささいなことよ!


 わたしはもがいて、必死に自分を云い聞かせた。


 …──鳥海とりうみ先輩が、待っているかもしれないのよ!


 そう思ったとき、わたしの抱えている恐怖が、一瞬で霧散むさんした。

「単刀直入に訊くね、お姉ちゃん」

 …──そうよ、訊くのよ。ちゃんと向き合いなさい! わたしは自分を鼓舞し、とまりかけている呼吸もふるいたたせた。

「わたしたちが中学生のころ、お姉ちゃんが三年のとき、わたしが一年で、それで、そのあいだの二年生にいた、鳥海先輩を──あ、わたしからしたら〝先輩〟なんだけど。

──だから、えっと、そのう……鳥海先輩を知ってる人、いないかな? マキさんとか、ハヅキさんとか……。

お姉ちゃんが連絡とってる友達のなかで、だれか一人でも鳥海先輩を知っている人がいればいいんだけど……わたし、鳥海先輩を探しているの」



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