The Secret Memory ③


「紫穂は昔から素直じゃなかったもんね。なんだ、自分でも気づいていたんだ」


お姉ちゃんはトゲのある口調だけど、〝そうか、そう認めるのであれば、聞いてあげてもいいけど〟なぐらいに語気をトーンダウンしてくれた。……良かった。はぁ。


「そうなの」わたしは、つくづく……といった具合に云った。「まさに、そこが原因でいま、八方塞がりとゆうか、人生にどん詰まりしているの……」

「だから、なにがあったの?」


電話のむこうでお姉ちゃんがあきれてる。わたしも早く話したいし、でも話すのが怖い。

けどいま話さなきゃ。

きっともうこんなチャンス、一生めぐってこない。話さなきゃ。──でも、話しの段取りはちゃんとつくらなきゃならない。

話しを聞く立場のお姉ちゃんのためにも、理解とこたえがほしいわたしのためにも。


「あのね、最初にこれだけは踏まえておいてほしいの」電話のむこうでお姉ちゃんがじれったそうに息を吐くのが聞こえるけど、わたしはかまわず話しの前置きを続けた。「お姉ちゃんはわたしと一緒で──あぁ、あんたと一緒にしないでっていう、お姉ちゃんの気持ちはわかるよ。でも、いまはその事は置いておいて、お願いだから──お姉ちゃんは普通じゃない部分を持っているでしょう。──そこはもう認めてよ? お姉ちゃんがなんと云おうと、わたしにはわかっているんだから。


 それでね、わたしとお姉ちゃんが決定的に違うところもあって、それがさっき云った、お姉ちゃんが〝まとも〟な部分も持ち合わせているっていうところ。


 わたしと違って、その両方を持ち合わせているお姉ちゃんになら、わたしのこの想いがすこしくらい伝わるんじゃないかって……。

でもって〝まともなお姉ちゃん〟からになら〝まともなご意見〟が訊けるんじゃないかって、そう思って電話したの。


他の人じゃダメ。──こうやって云うと語弊があるかもしれないけど、他の〝普通の人〟じゃダメなの。


お姉ちゃんじゃないとダメ。……それに、お姉ちゃんは容赦なくバッサリと物事を云うタイプでしょう? だからそれで、わたしを歯止めにかけてほしいの。──わたしが、ギリギリ〝まとも〟でいられるように。……さんざん勝手なことを云っている、よね?」


「──うん。すごく勝手なことを云ってると思うよ!」ハッキリ、バッサリ冷たく切り捨てるようにお姉ちゃんは云った。うっわ、すっごい怒ってる。

「あのさあ、この話し長くなるよね? 私、明日は子供を連れて十時に蓮沼はすぬま市の友達の家に遊びにいく予定なんだけど。あの、マキの家。紫穂、覚えてる?」そう云いつつ、お姉ちゃんがチラリと時計を見る姿が目に浮かんだ。


 そっか……今日じゃダメなんだ……。わたしはタバコを灰皿に押しつけて、目をかたくつむって……ひらめいた。今日がダメなら、それなら、つぎに電話をしていい日の約束をこぎつければいいだけじゃない。


自分でも信じられないくらい執念じみているのは自覚できるけど、一生に一度くらい、こうなるのを許して。


「マキさん、覚えてるよ。お姉ちゃんの、大切な友達だよね」自分でも、声色がいっきに沈んでいるのがわかった。つぎの電話にもちしになってしまうのは、やっぱり正直いって、かなりキツイ。……つぎまで、わたしはもちこたえていられるのかなぁ。


 マキさん、か……。

わたしがマキさんに会ったことあるのは──見かける程度の、挨拶する程度だったけど、とびきり美人な人だったな──二~三回だけだったはずだけど、よくお姉ちゃんの口から名前があがる人だから覚えてる。


お姉ちゃんがいつもマキさんのことを話す口ぶりからして、このマキさんって人はいい人だ。(ただし、こっちの味方でいてくれるのであれば。……敵にまわしたら、おっかない人)

 だけど、蓮沼市? 姫ノ宮ひめのみや市じゃなくて?


「そう、」お姉ちゃんが突然、みょうに強調して云った。「紫穂にはそういう友達がいないからわからないと思うけど、マキは私のなんだよ」


 え? トゲトゲしい云いかたされちゃった。それに、あきらかにわたしを傷つけようと思って云ってる。わたしの「大切な友達」っていう云いかたがマズかったのかな。まいったな……イヤミで云ったわけじゃないのに。


「……うん。わたしにはそういう、友達っていうか親友って呼べる友達ができなかったから、お姉ちゃんが羨ましいよ。いい友達がいるお姉ちゃんは、特別なんだと思う」素直に友達がいないことを認めて、慎重に言葉を選んだ。


「ふーん……え? 特別っていうのは、ちょっと大袈裟なんじゃない?」


お姉ちゃんは拍子抜けしたあと、苦笑くしょうまじりにまんざらでもなさそうに云った。よし、この調子なら……。

「特別だよ」わたしはさとすように優しく丁寧に云った。「女友達なんて、その場その時の状況でどんどん変わっていくものなんだから。──べつにそれが悪いってわけじゃない。合理的だし、環境がかわれば、それもしょうがないなって思うよ。……お互いがお互いで結婚してしまえば、とくにね。

それなのに、お姉ちゃんとマキさんは学生のころからずっと友達でいるしょう? つかずはなれずというか……」


「──まあ、そうだけど……」お姉ちゃんはしぶしぶ認めるように云った。なんでだろう。なにかあったのかな。

でもお姉ちゃんとマキさんの関係が特別なのには変わりない。


わたしはお姉ちゃんへはげましも込めて話しを続けた。「そういうのは、やっぱり特別なんだと思うよ。見えない絆で繋がっているというか……それがお姉ちゃんにとっては当たり前で、わからない事かもしれないけど、はたから見てるわたしには、わかるよ……友達、いないけど」最後はボソッと云った。ほんと、傷つくなぁ。


「あるのかなぁ、そういう絆」なんだかつまらなさそうにお姉ちゃんは云った。



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