The Secret Memory ②


「ああ! お姉ちゃん!──良かった、電話に出てくれて! あ、あの、わたし、いてもたってもいられなくて、その……こんな時間にごめんね」


まず、マナーとして謝ってみる。でも本音は〝早く本題に入りたい〟だ。


「ほんとだよ! もう、何時だと思ってんの! ──まあ、私も、人の事をとやかく云えた義理じゃないけどさぁ。……このあいだの電話、明け方までつき合わせちゃったし。それで? 今度は紫穂の番なんでしょう? こんな時間に電話してきたって事は、ただならぬ事なんだろうけど、なにかあったの?」


お姉ちゃんはちょっぴりうんざりしたようだったけど、それでも義理堅くこっちの様子をうかがってきてくれた。

 ありがとう、お姉ちゃん! このお義理に有り難くすがろう。


「あったの。というか、ずっとあった。いまにはじまった話じゃない。……ああ、どうしよう、なにから話せばいいのかな。……ていうか、先に謝っておく。お姉ちゃん、ごめんね」

「えっ! なに? なに? どうしたの? あぁ~っ、やっぱいいや、聞きたくない」

「あぁもう……お願いだからそんなこと云わないで」


わたしはなげくように云った。けど、ほんとうに泣いてしまいそう。おしとどめていた寂しさのダムは決壊寸前で、ここまでギリギリだったなんて、自分の気持ちにぜんぜん気づかなかった。

……わたしは、自分の気持ちにまでそむいていたんだ。──ああ、もうダメ。溜まったダムがあふれていく。この気持ちと向き合ってしまったら、もうダメ、止まらない。


 わたしは口の中に入る涙の味を気にしないように心がけて、お姉ちゃんに話題を詰めよった。


「お姉ちゃんを変な話しに巻き込んじゃう──ていうか、変な話しって云っても、人それぞれ価値観が違うから、どこからが変で、どこからが変じゃないかとか、そーいうのはもう、わたしにはわからない。だから、わたしにとっては変な話しじゃないけど、お姉ちゃんからしたら、変な話しに聞こえてしまうかもしれない。──でもそれはべつに、お姉ちゃんをバカにしているとか、そういうわけじゃなくて……あぁ、もう! なんて云ったらいいのかな。この世に超能力とか、そんな力が本当にあるのだとしたら、その力がいま使えればいいのに!

わたしの考えている事、この想いがそっくりそのままお姉ちゃんに伝わればいいのに! ああ、もう、ほんっとうにごめんね、わたし、わけがわからないよね」


自分でも、取り乱しているのがよくわかる。だってそうでしょう? 今まで誰にも話したことない事を話そうとしているんだもの。どこから、なにから話せばいいのか、まったくわからない。


たくさんある風船バルーンの花束の中から、どの色を選んで、どのひもとが繋がっているのか紐解ひもいて、それを相手に一番ピッタリなのを手渡す感じにちかい。なにを、どうしたらいいの。


「うん。はっきり云って、ぜんぜんわけがわからない」お姉ちゃんはおどけたように云った。「だけど、緊急事態だってことはよーくわかった。……ふぅーっ! ──で、どうしたの? めずらしいよね、紫穂がそんなふうに、その……焦っているなんて」


お姉ちゃんは言葉を選んで、れものにでもさわるように、おっかなびっくりだけれど、優しく訊いてくれた。

 この話しをする相手をお姉ちゃんにして、本当に良かった。

わたしの事を──世界中見渡しても唯一 ── 一番わかってくれる人。(……理解してくれているかどうかは、べつとして)わたしは感謝を込めて、今夜はお姉ちゃんにだけ、どこまでも自分に素直に正直になろうと決めた。


「そうなの、今のわたしは……自分でいうのもなんなんだけど、〝まとも〟じゃない。だから、〝まとも〟なお姉ちゃんの助けが必要で、電話したの。──ほら、お姉ちゃんって、昔から世間一般的には〝まとも〟でいようとしていたじゃない?」


「は? なにそれ、なにその云いかた」かちんときたようにお姉ちゃんが云った。わたしは思わず軽く笑ってしまった。


「だって、そうでしょう? お姉ちゃん。何年姉妹でいると思ってんの。まあ、姉妹じゃなかったとしても、わたしにはわかるんだけどね。……世間一般的に普通であろうとするのは大切な事だし、大変な事だよね。とくに、親になると」わたしはしみじみ云った。でもすぐ、電話の向こうでお姉ちゃんの頭が真っ白になっている気配を感じ取って、わたしはあわててつけ加えた。


「あ、わたしにわかってるっていうか、バレてるからといって、他の人──親とか、友達にはバレていないと思うから、安心して」

「──もう、なんなの!」お姉ちゃんの語気が少しあらいだ。「なにが云いたいの? なんのために電話してきたの? こんなくだらない電話なら、私、切るよ?」


「あっ──ごめん! お姉ちゃんの気分を悪くしようと思って云ってるんじゃないの!」

「じゃあ、いったいなんなの!」


まずい、良くない。お姉ちゃんが逃げ腰になってる。お願い、切らないで。わたしは生まれて初めて心を開いているんだから、お姉ちゃん、どうか気づいて。お姉ちゃんも、わたしに心を開いて。──勝手な云い分だけど、お願いよ。


「あのね、どうかお願いだから、落ち着いて聞いてほしいの」わたしはおがみたおさんばかりに云った。

「今のあんたに云われたくないよ!」


う! お姉ちゃんからのイヤミ。う、うん、これなら、まだ大丈夫かな。


「そうだよね、今のわたしはどうかしてるよね。あのね、わたしはお姉ちゃんとケンカがしたくて電話しているんじゃないの。お姉ちゃんの助けがほしくて」わたしの息がここで一度とまってしまった。つぎの言葉を云うのには、勇気がいる。「──生まれて初めて、素直に、洗いざらい、なにもかもを包み隠さずに、人に話すの。お姉ちゃん、家族にはもちろん、今まで、誰にも、こんな話しをした事なんてない。……だからお姉ちゃん、どうか、お願いよ、最後までわたしの話を聞いて」


一言一句いちごんいっく、呼吸を意識しながら、ゆっくり丁寧に伝えた。

 ……苦しい。心臓がへんにドキドキしている。



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